王位を継いだら最強でした~17歳の末姫が、王位に就いたら国が救われたようです~

第18話 未来を織る手

王国歴512年、建国記念式典の日。

雲ひとつない空の下、王都は祝祭の色に染まっていた。朝靄がゆっくりと晴れていくと、石造りの建物の屋根が黄金の光に照らされ、塔の鐘が静かに街を呼び覚ます。広場には五色の旗が高く掲げられ、それぞれの色は王国の歴史に刻まれた象徴──平和、勤勉、誠実、希望、そして未来──を意味していた。

市場では露店が並び、焼き菓子と香辛料の甘い香りが漂う。子どもたちは草花で編んだ冠を被り、顔を赤く染めながら走り回り、旅芸人の一座が太鼓を鳴らしながら軽やかな舞を披露する。市壁の外からも人々が集まり、まるで王都全体がひとつの大きな劇場となったかのようだった。

石畳の通りには、早朝から各国の使節団が到着し、紋章を掲げた馬車が次々と並んだ。通りの両脇には衛士たちが儀礼剣を掲げ、各国の言葉が飛び交い、衣擦れの音と蹄の音が交錯する。市民たちは拍手と歓声でそれを迎え、目を輝かせてその行列に見入っていた。

ティルヴァースからは和平評議会の現議長・メルグラード代表が、スレイヴェンからは防衛担当相が、そして北方連邦からは若き新王自らが馬車を降り、王都に足を踏み入れた。各国の要人が一堂に会するのは、王国史上でも前例のない出来事だった。

「今日は、ただの祝賀ではない」
と、ある外交官が呟いた。

「これは、“信頼の証明”だ」

式典の中心には、アウレリアの姿があった。

かつての礼装ではなく、今は王国の伝統織で仕立てられた白銀の軽衣。袖や裾にはささやかな刺繍が施され、王家の紋ではなく、王国の地図をかたどった模様が織り込まれていた。簡素であれど凛とした佇まい。護衛も距離を置き、彼女はまっすぐに演壇へと進んだ。

その歩みはゆるやかで、けれど迷いのないものだった。一歩ごとに、広場のざわめきが静まり、風が旗を揺らす音だけが残る。民衆の中には、思わず息を飲んだ者もいれば、胸に手を当てた老婦人の姿もあった。子どもたちは静まり、母親の裾にしがみつきながら、その姿をじっと見つめていた。

やがて、演壇の上に立ったアウレリアは、視線を高く掲げ、集った民と諸国の代表たちを静かに見渡した。その眼差しには威厳もあったが、何よりも深い慈しみと、静かな決意が宿っていた。

そして、口を開いた。

「この王国は、かつて滅びかけた国でした。誤った支配、争い、沈黙──その果てに、私たちはようやく“言葉”と“仕組み”を得ました」

広場を吹き抜ける風が彼女の衣の裾を揺らし、言葉の一つひとつが石畳に吸い込まれるように染み渡っていく。

「だが、王国は“王のもの”ではありません」

その言葉に、わずかに空気が揺れる。ざわつきではない。全員が静かに、彼女の言葉を受け止めようとしたのだった。風が吹き、旗が重なり合う音が響く。

「王国とは、生きる者すべてが“次を織る手”となる国であるべきです」

強い声ではなかった。だが、揺るぎのない響きが、ひとりひとりの胸に染み込んでいく。その言葉は命令ではなく、願いであり、信頼だった。言葉の最後にわずかな間があり、その沈黙が深く刻まれた。

演壇の下では、老いた農夫が涙をぬぐい、若き議員が拳を固め、旧敵国の若王がそっと頷いた。その頷きは赦しではなく、共に進むための覚悟の兆しだった。市民の間にも、うなずく者、手を取り合う者が増えていた。

その瞬間、王国の“王”は、ただの存在ではなく、“意志”として共にあるものへと変わっていった──。



建国記念式典が終わった翌週、王都では式典とは対照的な静けさが広がっていた。

しかしそれは、何かが終わった静寂ではなく、“動き出す前の沈黙”だった。

アウレリアは式典翌日から、連日連夜、内務庁・文官局・学術評議会との会議に出席していた。王宮の廊下には夜遅くまで灯りがともり、書簡を抱えて往来する文官たちの足音が絶えることはなかった。書架の間をすり抜ける筆記の音、重ねられる報告書の厚み、すべてが未来の構造を編む針のようだった。

王国の未来を託す“仕組み”──それを整えることこそが、彼女の最後の仕事だと、自ら定めていた。

「意志は人に宿る。だが仕組みに託さねば、未来は続かない」
と、彼女はある会議で静かに言った。その言葉に、場にいた者の多くが、筆を止め、思わず彼女の横顔を見つめたという。

まず手がけたのは、教育制度の刷新だった。
義務教育の拡大、地方校の統廃合と再設置、若者による政策提案を奨励する奨学制度。
「学び」を通じて“統治への参画”を育てるという、国家の根を作る改革だった。

教室の壁には「知ることは、治めることのはじまり」という標語が掲げられ、村の学校でも討論の授業が始まった。新設された教育官局では、地方の巡回教師制度が整備され、書籍と教材を積んだ馬車が遠方の集落へと走った。

次に、議会制度の再構築。
王命による召集型から、住民選出による定例制議会へ。
これまで有識者会議だった評議を、市民代表と専門官僚の二重構造へと改め、審議過程を公開することで透明性を高めた。

王都の議事堂では初めて、庶民出身の若手議員が本会議で登壇し、子育て支援政策を訴える姿が報じられ、市場の掲示板にはその様子を描いた絵入りの新聞が貼られた。辻の噴水のそばでは、行商人たちがその話題を肴に昼食を囲み、政治が“誰かのもの”ではなく、“自分たちの暮らし”になりつつあることを噛みしめていた。

さらに、国際連携を市民レベルにまで落とし込む試みも行われた。
和平評議会の「共同人材育成枠」、姉妹都市制度、民間交流補助。
他国との信頼を“日常の中”に根付かせる制度が、次々と立案されていった。

ある教会の広間では、北方連邦から来た青年が王国の若者たちと共にボードゲーム形式の歴史教育に参加し、「私たちは違っていても、未来は一緒に学べる」と語った。言葉の壁を超えて笑い合う姿は、まさに“平和の実感”そのものだった。

記録局の官吏がこう漏らす。
「これは王政の“終わり”ではない。王の役割が、“始まり”を作る者に変わっただけだ」

街では、若手議員たちが立ち上がり、新設された討論会で政策を競い合っていた。通りの掲示板には立候補者の顔と公約が並び、床屋や茶屋でも政策論議が交わされるようになった。市井の人々が自らの言葉で「国の未来」を語るようになったのだ。

かつて王国の中枢から遠かった山間部や港町にも、“自分たちの声が届く”という実感が広がっていた。郵便馬車を迎える人々の顔には、単なる便りではない「声の往来」への期待が浮かんでいた。

農村の少女がこう言った。
「王様が遠くの誰かじゃなくて、私たちの“中にいる”気がする」

その声は、小さくとも確かに、新しい時代の始まりを告げていた。

アウレリアはその言葉を後に知り、静かに記録帳の余白にこう記した。
『王の手を離れた制度が、王より強く民と結ばれる。それこそが本当の“支配の終わり”であり、“信頼の始まり”なのだ』



季節が巡り、王国は次の暦を迎えていた。

かつて即位の儀が執り行われた王都の中央記録館。
その最奥、人目を避けるようにひっそりと佇む石造りの書庫には、今日もひとりの人影があった。

天井高く積まれた書架の間を、陽の光は届かぬまま、ランプの火が揺らめいていた。紙とインクの匂い、時折聞こえる羽音、そして──記録帳の頁をめくる、乾いた音。

アウレリアは、そこにいた。

かつて王宮の頂点にあった彼女は、今、質素な旅衣に身を包み、腰には印章も宝飾もなかった。だがその姿は、誰よりも“王”の本質を映していた。

彼女の前に開かれた記録帳には、年月をかけて記された言葉が連なっていた。

──『即位は始まり。治めるとは、背を負うこと』
──『戦は終わらぬ。だが、語る余地はつくれる』
──『声なき声に応えることが、もっとも強い意志』

その筆跡は、時を経るごとに筆圧も姿勢も変化していた。
最初は凛々しく、やがて重く、そして、近年のものは柔らかく、穏やかだった。

彼女はそれを指でなぞりながら、ひとつ息をついた。長く、深く。
それは王国という家を出ていく者が、最後に家の柱を見上げるような、惜別と感謝の混じった呼吸だった。

窓の外では、初夏の風が緑の木々を揺らしていた。王都の街路樹の下には、手を繋いだ親子、選挙広報を配る青年たち、そして、外国の留学生たちが言葉を交わしている。市の中心には仮設の討論台が設けられ、市民たちが自由に政策について語り合う姿もあった。

露店では、かつて配給制だった小麦で焼かれたパンが今では各地の特産として売られ、広場の一角では子どもたちが「市民議会ごっこ」を楽しそうに演じていた。時折、通りすがりの大人たちが笑いながら口を挟み、真剣なやりとりに加わっていた。

すでに制度は稼働し、地方には新たな代表が立ち、議会は自らの判断で動いている。
一部では政策の衝突や議論の行き違いもあったが、それすらが「健全な統治」として受け止められるだけの強さを、王国は得ていた。

和平評議会は輪番制の下で回り続けていた。
かつて互いを疑った国々が、今は次代の教育や環境政策について言葉を交わし、その場には、王国の名前ではなく、王国の出身者たちが個人として加わっていた。互いに肩を並べて語るその姿は、もはやかつての「仲裁者」ではなく、対等なる「同志」だった。

アウレリアの姿が、王宮に姿を見せなくなって久しい。
最初のうちこそ新聞が追いかけたが、やがて誰もがそれを自然なこととして受け入れた。

なぜなら、この国はもう──“王がいなくとも歩ける国”になっていたからだ。

記録帳の最終頁に、彼女は最後の一文を記す。

『王は終わらぬ。なぜなら、王はただの座ではなく、意志だから』

その文字は震えていなかった。
静かに、けれど深く紙に刻まれ、これまでの頁にそっと寄り添った。

アウレリアは帳を閉じ、革の紐を巻いて留めると、それを元の棚に戻した。
まるで、歴史という織物の一端を、きちんと畳んで収めるかのように。

その手元はゆっくりと、だが確かだった。長年重ねてきた選択と決断のすべてが、その静かな所作に宿っていた。

書庫を出る前、アウレリアは一度だけ足を止め、背後を振り返ることなく、静かに目を閉じた。まるで、見えぬ未来の扉に祈るように。

彼女は振り返らず、静かに歩き出す。
足音は控えめで、けれど確かに、書庫から離れていく音がした。
その音は、過去から未来への橋渡しのように、静かに、力強く石畳を叩いていた。

王のいない国。
けれど、そこには確かに、“王の意志”が生きていた。
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