王位を継いだら最強でした~17歳の末姫が、王位に就いたら国が救われたようです~

第5話 盗まれる知と沈黙する国

王都セレナリア。白石の塔と広場が放射状に広がるこの王国の首都では、三年に一度の知の祭典――「王国技術展示会」が開かれていた。

場所は王立技術会館。白亜の壁面に魔力結晶をちりばめた巨大な建物で、その天頂には王家の紋章が金糸で縫い取られた旗がはためいていた。技師、学徒、各都市の行政官、そして外交使節団が世界中から集まり、王国の技術力と魔導研究の到達点を目撃しようと胸を高鳴らせていた。

今回、最も注目を集めたのは、王立魔導院と防衛技術局が共同開発した軍用魔導演算装置――「晶霊演算炉」。

晶核に魔力を精密伝導させることで、大規模な演算処理と魔術制御を並列的に実現しうるこの装置は、魔導測距、暗号解読、作戦立案シミュレーションなどあらゆる分野で革命的な応用が期待されていた。

その設計図面と試作制御演算盤の一部は、厳重な魔力結界と王国兵による護衛のもと、ごく限られた人物にのみ公開されていた。

だが――展示会閉幕からわずか十日後、王国の希望は悪夢と化す。

隣国フュリナ公国が公表した新型砲塔兵器。その心臓部に組み込まれた魔導演算装置が、晶霊演算炉の構造と驚くほど酷似していたのだ。

回路の形状、魔力安定板の重ね方、さらには演算補正機構の回転数にまで――盗用を疑わずにはいられない一致が散見された。

「……これは模倣ではない。精密な写しだ」

技術庁の局長は青ざめながら、アウレリアに報告書を差し出した。文字は乱れ、押された印章は震えの名残を物語っていた。

報道機関は激しく反応した。「王国の叡智、盗まれる」「知の裏切り者は誰だ」――見出しが踊り、民衆は怒りと不安を抱きながら街に繰り出した。

学生たちは抗議集会を組織し、魔導院の門前では「我が知を売るな」「技術は民の誇り」の横断幕が掲げられた。

だが、政庁の動きは遅かった。いや、意図的に“静かだった”。

魔導院、外務局、防衛庁の三機関は異口同音に慎重論を唱えた。

「証拠が不十分」「調査には時間を要する」「国際関係の悪化は避けるべきだ」

誰もが責任の所在を曖昧にし、内なる真相究明よりも、外への波風を恐れていた。

「展示会内部での図面撮影」「留学生による記録の持ち出し」――疑念は渦巻いていたが、防衛局は動かず、外務局は沈黙した。

王国の中枢で、“知”と“誇り”は、無言のまま切り捨てられようとしていた。

その夜。

王宮政務室。
月光のさし込む書斎で、アウレリア・セラフィーナ・ヴァレリアは一人、分厚い報告書の山と向き合っていた。

その卓上には、展示会の監視記録、魔導障壁の開閉履歴、防諜局の行動記録、そして退役した魔導技官からの手記までが整然と並べられていた。

彼女の指は一枚一枚、紙の端を繊細にめくっていく。

「……技術を盗まれ、未来を失うより、関係を保つことのほうが重要だと?」

アウレリアは静かに目を細め、棚の奥から一通の封筒を取り出した。

古ぼけた厚紙の封筒には、「王国情報局(解体済)」と記されたラベルが貼られていた。

その名簿には、かつての影の諜報官たちの名が記されていた。

「情報局」は、かつて王国の裏の盾として、密偵、暗号解読、外交情報戦を担っていた。
しかし、政治的圧力により解体され、今やその名を知る者すら少なくなっていた。

アウレリアはその名簿をじっと見つめ、やがて静かに頷いた。

彼らはすでに表舞台を退いたが、王国の“静かな壁”であった者たちだ。

「新たな光には、新たな影が必要」

彼女は筆を取り、三通の封筒をしたためる。宛名にはこう記されていた――

「元情報局・灰の猟犬」「元解読官・白銀の鴉」「元潜入諜報・鉄の眠り人」

彼女は封に王印を押し、記録帳を開いた。

そして、そこにただ一行、筆を走らせた。

『国家とは、剣と知の均衡で立つもの。片方が鈍れば、民の命で償うことになる』

蝋燭の灯が揺れ、室内の影が一層深まった。



影の調査団が静かに動き始めてから、王都の水面下にさざ波のような異変が広がっていった。表向きには平穏を保つ王都の空気の中に、目に見えぬざわめきと、かすかな緊張が潜んでいた。

最初に浮かび上がったのは、王立魔導院に在籍していたフュリナ公国からの“留学生”たちである。彼らは礼儀正しく、学術熱心な態度を崩さず、王国の研究者や技師からも厚い信頼を得ていた。

だが、影の調査団が彼らの行動履歴や交友関係を追跡する中で見えてきたのは、綿密に構築された“接触の網”だった。彼らは研究者に繰り返し贈答品を渡し、講義の手伝いや研究補佐を名目に日常的な接点を持ち、信頼を積み重ねていた。

その信頼はやがて、「特例」として資料の貸し出しを許す緩みへとつながり、機密文書や未公開の設計図が外部に漏れる隙を生み出していた。

さらに、研究者の家庭環境や過去の金銭問題が調査され、それを握られて脅迫されていた事実も発覚する。中には、家族の通学路を撮影した写真と共に「協力を求む」と記された無言の脅しが届けられた例もあった。

別のルートでは、美貌を武器にする工作員が男女問わず接触対象となり、愛情や共感に見せかけた関係を築き上げることで、自宅への自由な出入りの機会を得ていた。調査報告には、枕元に置かれたノートや開いたままの魔導装置から情報を抜き取るといった手口が克明に記録されていた。

だが、真に深刻だったのは、こうした工作を黙認、あるいは積極的に利用していた王国内部の貴族たちの存在だった。

調査団は、学術予算名目で流れた資金の流れを洗い直し、特定の貴族家が“共同研究”という名のもとに海外との癒着関係を築いていた証拠を掴んだ。資金提供、学府への推薦、称号の授与、便宜供与――すべては情報と引き換えに構築された密かな利権構造だった。

もはやそれはスパイ活動の域を超え、国家を内側から侵食する“知の売国”とも言うべき実態だった。

アウレリアは、その全貌を知りながらも、決して声を荒げることはしなかった。

彼女が選んだのは、「外交」という舞台だった。

王宮の鏡の間で催されたフュリナ公国との晩餐会。

金銀に彩られた長卓、煌めく魔晶灯、赤絨毯の上を漂う上品な旋律。杯が交わされ、言葉が笑みと共に宙を舞い、各国の使節たちは礼儀と演技の間で舞踏するようにふるまっていた。

その中心に立つアウレリアは、静かにして圧倒的な存在感を放っていた。

彼女は杯を手にしたまま、フュリナ公国の特命全権大使に視線を送る。
その目には微笑が宿っていたが、笑意は届かず、空気は一瞬だけ凍る。

言葉はなかった。
しかし、沈黙が語っていた。

アウレリアの視線は、グラスの縁に浮かぶ刻印、大使の僅かな指の緊張、背後の侍従の足捌きまでをも捉えていた。

その場にいた者の誰もが気づかぬうちに、空気の主導権は彼女の掌にあった。

やがて彼女は、杯を掲げながら、あくまで柔らかく、しかし静謐に言った。

「我が国の発明と未来が、他国のものと“似る”のは……奇縁というべきでしょうか」

大使は笑顔を浮かべたが、唇の端が震えていた。

同時刻――

王都の各地では、調査団の手による封鎖と逮捕が進行していた。

元情報局員たちは、魔導監視術と内密の伝令線を用いながら、複数の貴族屋敷を調査。研究所の出納帳から横流しされた図面の出所を突き止め、複製図とともに押収。

城下の娼館では、情報交換の温床となっていた店が押さえられ、酩酊した情報員が「金と引き換えに得た名簿」を所持していたことが判明した。

そこには、複数の貴族家名、学者、研究技師、さらには魔導院幹部の名までが列記されていた。

アウレリアのもとに届けられたその名簿を前に、記録官が問うた。

「陛下、これは明日公表されますか?」

彼女は首を振り、静かにこう答えた。

「いいえ。騒がずに断ちます。公よりも先に、根を焼く」

そして記録帳に一言記す。

「情報とは、声ではなく“沈黙”で運ばれる。騒がぬ者こそ最も危険なのです」

彼女は筆を置き、新たな布告案の草稿へと手を伸ばした。



数日後、王国議会の臨時招集が決定された。

天井の高い議場には、いつになく重苦しい空気が張り詰めていた。赤絨毯の上に並ぶ長椅子の列、天井から吊るされた魔晶灯は静かに脈動し、その明かりの下で集まった貴族たち、軍務官僚、技術庁の代表者、そして王国各地の報道官らが緊張の面持ちで沈黙を守っていた。

中央の演壇に現れたアウレリアは、淡い銀刺繍の礼装に身を包み、足音すら吸い込むような静けさの中で歩を進めた。
その背筋はまっすぐに伸び、堂々たる気配に、誰もが自然と姿勢を正すように感じられた。

彼女は壇上に立つと、手にした一枚の資料を掲げ、凛とした声で語り始めた。

「王国の技術が盗まれ、我が民の知が他国の武器となったことは、既に皆が知るところです」

その一言に、場内がざわめく。咳払い一つ、紙の音一つが過剰に響くほど、全員が一瞬身じろぎした。

「だが問題は、ただの外敵ではありません」

彼女の声音は、淡々としていたが、抑えられた怒りを帯びていた。

「我が国に“開かれた学術”を盾にして潜り込んだ他国の工作員、そしてそれと通じ、利を得た者たちが、堂々とこの地に居たことです」

言葉の刃が、空気を断ち切るように突き刺さる。誰もが自分が指されているのではと錯覚するほどに、アウレリアの言葉は鋭く、的確だった。

「情報は戦争の前に戦う武器です。だが我が国の情報管理は、かつての平和幻想の中に眠っていた」

彼女は一歩前へ出る。壇上の縁まで近づき、その目を議場全体へと向けた。透き通るような青の瞳に、どの席の誰もが捉えられたような錯覚を覚える。

「今こそ、知と国を守るための制度を改めねばなりません」

彼女はゆっくりと手元の提案書を開いた。その動作ひとつにすら、確固たる意志が宿っていた。

一、王国情報監察局の新設。
──王女直轄の情報監察機関を創設し、国内外の情報工作を監視・封鎖・逆用する体制を整える。

二、外国籍研究員に対する就業制限と資格更新制。
──王国防衛に関わる機密研究については資格制度を導入し、監査を年単位で実施する。

三、機密技術の管理指針法の制定。
──王国魔導技術の保管・伝達・複製のルールを法制化し、違反者には厳罰を科す。

四、技術者保護基金の創設と人材流出対策。
──優秀な人材を守るための経済的・制度的支援を国として整備する。

読み上げが終わると、議場は凍りついたように静かだった。誰もが言葉を失い、そして次に来る一手を待っていた。

最初に動いたのは、若い議員だった。彼はゆっくりと立ち上がり、無言のまま拍手を送った。

その音が静寂を打ち破ると、隣の席、さらにその隣へと拍手が波のように広がり、やがて議場全体を包み込むような大きな拍手となった。

重鎮のひとりが苦い表情で頷き、軍務局長が膝に置いた手を強く握りしめる。

中には唇を噛みしめる保守派の顔もあったが、国防と主権の名のもとに反対の声を上げる者は一人としていなかった。

その夜。

アウレリアは静まり返った王宮の執務室に戻っていた。

窓からは月明かりが差し込み、魔晶灯すら灯されていない室内には、静寂だけが満ちていた。

彼女は机に向かい、記録帳を開くと、墨をすり、筆を取ってそっと書き記した。

「静かな侵略は、戦争よりも速く国を奪う。だが、知を守る手は、未来を奪わせない」

書き終えた彼女は、一息つき、ページの縁を指先でなぞる。

その感触に確かな重みを覚えながら、彼女は窓の外を見つめた。

月は静かに照り、庭の石畳が淡く光っていた。

次なる戦いは、まだ遠くにある。しかし、それは確かに始まっていた。
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