貧困乙女、愛人なりすましのお仕事を依頼されましたが・・・
「弟の名前は・・?」

「あ、ルーファスです。ルーファス・バリントン」

「ルーファス・バリントンだ。
そう、卒業まで全額免除で。
優秀なら、大学卒業まで継続してもいい。明日、すぐに動いてくれ」

アレックスはスマホを置き、初めてジェシカの顔を見て、にっこり笑った。

「条件の一つ目はOK。まだ希望はありますか?」

「あの、バリーとここにいて、いいですか?」

「それはかまわないが、ガレージではなく客用寝室を使いなさい」

ジェシカは、慌てて指で×印を作った。

「いえ、それは・・ちょっと。
カートリッジさんに、犬は入れるなと言われているので・・・」

アレックスは天井に目を向け、文句の言いたげな顔を想像したようだ。

「ああ、そっちか。わかりました。
私からカートリッジには言っておきましょう」

ジェシカはほっとして、頭を下げた。

「ありがとうございます」

「今日は客用寝室を使いなさい。
明日からすぐに準備をしてもらいます」

立ち上がったアレックスが、一瞬、鋭い視線になった。

「いいですね」

「はい、大丈夫です」

NOといったら、次の仕事は来ない。ジェシカの経験則だ。

「それでは失礼するよ」

そのまま2階にあがっていくアレックスの背中を見て、疑問が浮かんだ。

なぜ、父親の・・・
しかも随分昔に、亡くなっている愛人の役をすることになるのか?

その理由がわからない。

しかしこの仕事は、めちゃくちゃ条件がいい。

この先、弟の学費を心配することもなくなるし、やるしかないだろう。

バリーと弟を守るために。

暖炉の火は熾火。
ぱちっとはねた音で、ジェシカは決意を固めた。
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