貧困乙女、愛人なりすましのお仕事を依頼されましたが・・・
アレックスは口に手をやり、笑いをこらえている。

「ああ、それでは私の腕につかまって」

「すみません」

アレックスが手を差し伸べて、少し身を屈めた時、ジェシカの耳元でささやきが聞こえた。

「とても愛らしい・・・」

その言葉は・・・
ズンと重い何かで、ジェシカの心臓を直撃した。

しかもアレックスの視線は、とろけるような熱を帯びている。

ジェシカは頭に昇る熱を、さまそうと唾を飲み込んだ。

ロードリンデン家は父・息子、2代で、女関係が派手といっていたではないか。

この視線の熱は・・・ジェシカを通して・・・
マーガレット・ハウザーに向けられるべきものなのだ。

そもそもジェシカ・バリントンは犬臭くて、貧乏で、「きれい」とか「かわいい」とかと縁のない世界で生活をしている。

「あの、ありがとうございます。
でも、これはここのスタッフの方たちの腕が、すごく良くて・・・」

「つかまれば・・・姿勢よく。
ほら、まだ腰が引けていますよ」

アレックスの視線が、面白そうな生き物を見る感じになった。

そうだ。

これはあくまでお仕事で、彼の考えるマーガレットを演じることが重要なのだから。

アレックスと腕を組んで歩くが、ギクシャクしてしまう。

「ゆっくりでいいですよ」

彼は含み笑いをして、言ってくれた。

これはまるでアレックスが飼い主で、私はリードでつながれた犬ではないか。
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