貧困乙女、愛人なりすましのお仕事を依頼されましたが・・・
手首には点滴のチューブがあり、青紫になった内出血の痕が痛々しい。

「・・・銀行の融資の件・・・どうなっている?書類を持ってきてくれ」

アレックスとジェシカは、その言葉に驚き、お互い顔を見合わせた。

アレックスが小声で耳打ちをした。

「父の記憶は・・・会社経営時代ですね。
あなたの姿が、秘書に見えたのかもしれません。うまく合わせてください」

ジェシカはうなずいて、立ち上がると、テーブルにあった新聞を取った。

「これが書類です。確認をお願いします」

アルバートは新聞を受け取ったが、力がないのか、そのまま床に落としてしまった。

「今日は疲れたから帰る。
マーガレット、車を下に回してくれ」

アレックスとジェシカは、同時に息を飲んだ。

マーガレットの存在は、まだ忘却の彼方に沈んでいなかったのか、
アレックスは額に指先をあて祈るようなしぐさをした。

「いますぐ、準備をいたします。
お待ちください」

ジェシカがそう言うと、アルバートは目を閉じてうなずいた。

ひどく疲れているようで、そのまま首を傾けて寝入ってしまったようだ。

「ベッドに連れていきましょう。
ここで待っていてください」

アレックスが立ち上がると、介護人を呼びに行った。

ジェシカは車いすのそばで、アルバート・ロートリンデンの顔を見た。

しわが深く刻まれ、顔色も悪い。

余命3か月・・・
ふと、カートリッジの言葉を思い出した。

「心安らかに、お過ごしになられることを・・・」

眼下に広がるビル群、遠くにかすむ山並み。

ここはアルバート・ロートリンデンが築いた王国なのだ。

だが、王は孤独の闇に漂っている。

それが、偽物のマーガレット・ハウザーと過ごす時間と重なるのならば・・・

ジェシカは、老人の膝からずり落ちそうなひざ掛けを、丁寧になおした。
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