貧困乙女、愛人なりすましのお仕事を依頼されましたが・・・
アレックスはコーヒーを一口飲むと、暖炉の火を見ながら、フッと息を吐いた。

「君も甘やかされたいのでは・・・」

ズキン・・・ジェシカの心臓が跳ねた。

なんと答えればいいのだろう・・・
一瞬戸惑った後、別の言葉が出た。

「実は今日、アルバート様に会いにいきました。
でも、眠っていらっしゃったので、
お話はできなかったのです。

それで・・・できれば、毎日、行きたいのですが、車をお借りすることができますか?」

アレックス様の許可なく、勝手に行動をしたし、ましてや厚かましくお願いするのは、いかがかとは思う。

だが、最後の時を迎える人に、自分のできることをしたいと、ジェシカは考えていた。

「完全看護なのはわかっていますけど、目が覚めた時に、誰かがいると安心できると思うので」

父と母は永遠に、目を覚ますことはなかった。

弟と二人、病院の暗い霊安室で、
震えて立っていただけだ。

闇に突き落とされたような恐怖が、鉛の重さになって心の底に沈んでいる。

その提案に、しばらくアレックスは考え込んでいたが、

「わかりました。運転手と車を手配しましょう」

ジェシカは慌てて、拒否の手を振った。

「いえっ、車だけで本当にいいです。自分で運転できますから」

運転手付きの車なんて、深窓の御令嬢のようで、緊張してしまうではないか。

また、アレックスが考え込んでいる。

「それでは、これも・・・」

そう言って、本から一枚の写真を取り出した。

最初に見せられた、あのマーガレット・ハウザーの写真だ。

「父のベッドの近くに、貼っておいてもらえますか?」

その視線は、柔らかいものだった。

「わかりました」

ジェシカは大切な物を託されたように、その写真を両手で受け取った。
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