貧困乙女、愛人なりすましのお仕事を依頼されましたが・・・
アルバート・ロートリンデンの記憶


ジェシカの日課は、朝起きるとすぐにバリーを、庭に放すことから始まる。

朝食がすむと、清掃やランドリー業者の取り次と、カートリッジさんへの報告と連絡。

カートリッジさんは本宅の管理業務が主で、アレックス様の私設秘書の仕事も兼ねている。

4日に一度くらいは、こちらにも顔を出すが、忙しそうに短時間で帰っていく。

午前中の雑用が終わると、秘書風のスーツで施設に向かう。

アルバートの容態は波があるようで、ずっと眠っている時もあれば、
時折、目をさまして、断片的な言葉を出すこともあった。


「ジェシカさんが来てくれると、うれしそうですよ」

給湯室で花を生けていたジェシカに、常駐の介護人が声をかけてくれた。

「そうですか。よかったです」

毎日通うと、些細な変化も見逃す事がないし、良い状態の時はうれしい。

ジェシカはマーガレットの写真を額にいれ、別宅の写真や森の写真を壁に貼りつけた。

殺風景なベッド周りが、少しでも明るくなるように。

アルバートの調子が良さそうな時は、新聞を読みあげたり、バリーの事や牧場の話をした。

アレックスが別邸に来た時は、アルバートの状態を報告するのも仕事の一環だ。

居間の暖炉脇のソファーが、彼のお気に入りらしく、夕食後、暖炉の火を見ながら、ジェシカの言葉に耳を傾けた。

「明日、この本を持っていこうと思います」

ジェシカがローテーブルに広げたのは、アラスカのオーロラの写真集だ。

「アルバート様が「オーロラはきれいだった」とお話されましたので」

アレックスはブランデーのグラスに手を伸ばしながら、写真集をチラッと見た。

「そうですか。若い時に油田か天然ガス開発で、行ったのかもしれませんね」

「仕事ではなくて・・・」
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