好きバレ! 俺様上司の溺愛が止まりません!
 どうやら、大声で叫んでいるだろうことが分かった。

 後ろ髪を引っ張られるように、なにげなく見下ろすと。


 この大雨のなか。

 傘もささずに走る、黒ずくめの男のシルエットが、彼女の目に浮き彫りになった。


「蒔田、さん……?」

 雨を伝う手すりに触れる手が既に濡れている。これは、現実なのか。

 蒔田は隣駅在住だ。かといって、偶然出くわしたことなど皆無だ。何故ここに居るのだろう。


「榎原紘花!」


 あろうことか蒔田が、叫んでいる。

 その対象はどう考えても自分だ。小さかったシルエットがどんどん大きくなる。こっちに迫ってくる。


「行くな! 紘花!」挙句には呼び捨てだ。

 彼女は、なんだか笑い出しそうになった。わけが分からなさすぎて、急に可笑しさがこみあげてきたのだった。

 しかし蒔田の様子といったら真剣そのものだ。

 濡れ鼠になりながら、大通りを突っ切って走る。いままで出したことのないようなスピードで。

 彼女ははやる気持ちを抑え、でも油断すれば滑りそうになる階段を、出来る限りの速さで、降りた。

 踊り場で足を止めた。
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