偽の聖女を演じていた魔女ですが、追放されたので辺境の地で待つ優しい王子に拾われます。

1

 早朝の王城は、まだ薄暗く静まり返っている。
 私はいつもこの時間に起き、とある場所へと一人で赴く。
 
 灯りひとつもない薄暗い廊下を静かに歩き、その突き当たりを曲がる。
 曲がった先にある扉の前に、神官がいつものように立っている。
 神官がこちらに気づき、おだやかな表情で私を見つめた。

「おはようございます。神官様」
「おはようございます、聖女ルーミア様。本日もよろしくお願いいたします」

 会釈をしてから扉を開けてもらい、部屋へと入る。
 そこは、聖女しか入れない"祈りの間"。部屋には初代聖女の銅像とろうそくが置かれているのみ。
 空調機器さえもなく、質素でひんやりとした石畳が、今日も私の足元を冷やす。
 
「さ、今日もやるか……」
 
 私は日課である祈祷と、国全体に張り巡らせた結界の状態確認と張り直しをしていた。

 一時間で張り直しを終わらせて、私は立ち上がり伸びをする。
 朝の仕事を終え、掃除をしてから部屋を後にした。
 
「……私の役目も、そろそろ終わりかな」
 
 神官に挨拶をした後に、私はポツリと呟く。
 最近、聖女が見つかったと言う噂をよく耳にする。
 私は、聖女の真似事をしているだけの"魔女"。本物が見つかったとなれば、用済みになるのは自然なことだった。

 その自然の流れを、私はむしろ歓迎していた。
 
 魔術師の使う結界魔法は、当代随一の技術を持つとされた宮廷魔術師団長さえも太刀打ちできない、規格外の大魔術だ。
 これは聖女のものとは違い、膨大な燃料が必要。その燃料である魔力は、先代の技術によりどうにか賄えている。しかし最近は第一王子が魔力の供給を怠慢によって滞らせているため、私自身の魔力で補ってばかりいる。
 
「第二王子はいつも協力してくださったのに……」
 
 以前は頻繁に来てくれていたが、最近はめっきりだ。
 恐らく、任された辺境の地での仕事が忙しいのだろう。
 ……彼からもらったネックレスをそっと指で撫でる。
 
 このままではいつ魔力不足で結界が解けてしまうか気が気ではない。

 国の結界を維持することは、並大抵の労力ではない。にもかかわらず、私が聖女代行を引き受けたのは、ただ、かつて恩を受けた「本物の聖女の師」からの頼みがあったからにすぎない。
 
 そもそもの話、聖女の純粋な結界であれば魔力は不必要だ。結界維持のコストがとてつもなく低い。
 ならば本物に譲るのが一番に決まっている。

「ただ、頼まれてやっている身としては、偽物呼ばわりは納得いかない」
 
 最近私を偽物呼ばわりする男がいる。
 第一王子であるジュリアンだ。
 
 ジュリアンの声はすぐに広まり、事情を知らない者たちは私に不信感を抱いている。
 
 それにしても、なぜ王子はこの国の事情を知らないのだろう。基礎知識として皆教えてもらっているものだと思っていたのに。
 深く考える前に、ジュリアンはそれさえも聞かず遊び呆けているのだろうという答えに辿り着く。
 
 もちろん国王はジュリアンを厳しく躾けようとしている。この国は長男が自動的に王位を継承する慣習が絶対だからだ。
 優秀で人望がある第二王子がいても、ジュリアンが王になることに揺るぎはない。そのため、競争意識など生まれるはずもなかった。
 
 それもあって、誰にも邪魔されず自動的に自分が国王になれると楽観的に考えてしまっているのだ。
 そんな王子に仕事を任せられるわけもなく、婚約者候補である私が仕事をさせられている始末。

 なお、婚約者"候補"に留まっているのは、ジュリアンが私を拒絶しているからだ。
 私だってあんな男願い下げなので、都合がいい。

 自室へと戻り次の仕事の準備をする。
 国王から預かっている書類や聖女しか使えない判子。
 すべてを手に持ち部屋を出ようとした瞬間、バンッと乱暴に扉が開いた。

「……ノックもしてくださらないのですか? ジュリアン王子」

 ジュリアンは女の肩を抱き、堂々と入ってきた。
 女は不安そうな表情をしており、ジュリアンは不敵な笑みを浮かべている。
 その対照的な表情に、私は眉をひそめた。

「ルーミア! いや、聖女を騙った悪い魔女め! 即刻この国から出ていけ!」
「は? 確かに私は魔女ですが、その役目は頼まれているからであって……」
「無駄口を叩くな! 本物の聖女が現れたのだから、お前はもういらないんだって言ってんだよ!」
「ああ、もしかしてその隣の彼女が聖女様?」

 私が彼女を見つめると、ジュリアンは彼女を背に隠し私を睨んだ。
 取って食うつもりなんてないのに、失礼な態度だ。

「追放が嫌なら、お前が彼女の師として働けば――」
「わかりましたよ。出ていけばいいんでしょう?」

 指を振り、部屋にあった私物を全て回収する。そして、ジュリアンには先ほど持っていこうとしていた書類と聖女の判子を渡す。
 
 この国に残りたいとは思っていなかったし、好都合だ。
 ジュリアンの言葉を無視して私は部屋を出ていく。
 背後から「話はまだ終わってない!」と喚いているが知ったことではない。

 城から出て、すぐに小石が投げられた。もちろんそんなもの当たるほどバカな女ではない。
 自身の周りに小さな結界を瞬時に張った。
 小石は、目に見えない防御障壁に弾かれ、乾いた音を立てて四散した。

「こ、この魔女が! ずっと聖女を騙っていたとは、なんたる罰当たりなんだ!」
「ずっとあたしたちを騙していたのね!?」

 騙されたショックや聖女になりすましていたことが頭にきているのだろう。人々は裏切られたと怒りに満ちた声色で私を罵る。

「え? まさか、今私を睨んでいる人全員、私のこと本物の聖女だと本気で思っていたわけ?」

 誰もここの歴代の聖女について学んでいないのか? と言いたくなったが、黙っておこう。面倒なことになるのは目に見えている。

「さっさと出ていけ! そして生涯この国に入ってくるな!」
「はいはい。言われなくても去りますとも。結界は一週間後に解除されるようにして、これからちょっとした置き土産もあげちゃおうか」

 パチンと指を鳴らし、上空に魔力の帳が現れる。

「な、何をするつもりだ!? 追い出されるからとこの国を壊すつもりか!」

 城から出てきたジュリアンは、上空を見上げ、動揺の色を見せた。
 私は笑顔でジュリアンへと振り向く。

「そんな野暮なことはいたしません。しっかりと、ご自身の無能さを味わってくださいね」

 そう言い残すと、ルーミアは自身の足元に魔方陣を展開し、ジュリアンが言葉を発する間もなく閃光とともにその場から消え失せた。
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