治療不可能な恋をした
そのとき、ナースステーションの奥から看護師が小走りでやってきた。
「仁科先生、すみません。506の拓馬くん、また点滴嫌がって逃げてしまって。何しても『りのせんせいがいい!』って聞かなくて……お願いできますか?」
「あ……はい、すぐ行きます」
白衣のポケットにボールペンをねじ込み、梨乃は小さく息を吐いてからナースステーションを後にした。
急ぎ足で廊下を進むと、曲がり角の先で拓馬が看護師になだめられているのが見えた。梨乃はそのそばまで歩み寄り、子どもの目線に合わせてしゃがみ込むと、ふわりと微笑みかけた。
「拓馬くん、点滴痛いのはやだよね。でも、お薬がちゃんとお胸に届かないと、もっとしんどくなっちゃうんだよ」
「え〜……」
彼は少し唇をとがらせたまま梨乃の手を見つめたあと、じっくりと悩み、ちょこんと自分の手を重ねた。
「……わかった。でも、りのせんせいがやって。痛くしないから、せんせーがいい」
「もちろん。じゃあ手、つないでこっか」
そう言って立ち上がり、病室へ向かって歩き出す。小さな手が自分の指をぎゅっと握っている温かさを感じながら、ふと息を吐いた。
「せんせー、今日もおくすり、ながいの?」
「うーん、ちょっとだけね。頑張れそう?」
「……うん。でも、がんばったら、またシールくれる?」
梨乃はふっと笑ってうなずいた。
「もちろん。好きなの選んでいいよ。あ、でも、また全部ティラノにしないでね?」
「えー!ぼくティラノがいちばんすきなのに!」