治療不可能な恋をした

そのとき、ナースステーションの奥から看護師が小走りでやってきた。

「仁科先生、すみません。506の拓馬くん、また点滴嫌がって逃げてしまって。何しても『りのせんせいがいい!』って聞かなくて……お願いできますか?」

「あ……はい、すぐ行きます」

白衣のポケットにボールペンをねじ込み、梨乃は小さく息を吐いてからナースステーションを後にした。

急ぎ足で廊下を進むと、曲がり角の先で拓馬が看護師になだめられているのが見えた。梨乃はそのそばまで歩み寄り、子どもの目線に合わせてしゃがみ込むと、ふわりと微笑みかけた。

「拓馬くん、点滴痛いのはやだよね。でも、お薬がちゃんとお胸に届かないと、もっとしんどくなっちゃうんだよ」

「え〜……」

彼は少し唇をとがらせたまま梨乃の手を見つめたあと、じっくりと悩み、ちょこんと自分の手を重ねた。

「……わかった。でも、りのせんせいがやって。痛くしないから、せんせーがいい」

「もちろん。じゃあ手、つないでこっか」

そう言って立ち上がり、病室へ向かって歩き出す。小さな手が自分の指をぎゅっと握っている温かさを感じながら、ふと息を吐いた。

「せんせー、今日もおくすり、ながいの?」

「うーん、ちょっとだけね。頑張れそう?」

「……うん。でも、がんばったら、またシールくれる?」

梨乃はふっと笑ってうなずいた。

「もちろん。好きなの選んでいいよ。あ、でも、また全部ティラノにしないでね?」

「えー!ぼくティラノがいちばんすきなのに!」

< 112 / 306 >

この作品をシェア

pagetop