治療不可能な恋をした
「そっか。仁科先生は知らないのか。飲み会のとき、ちょうど席外してたから」
「……何の話ですか?」
「覚えてます?林先生の送別会。あの時、逢坂先生に“気になってる人とかいないんですか?”って誰かが聞いたんですよ。そしたら彼、はっきり“います”って答えてて」
梨乃の手が止まり、カルテが力無くこぼれ落ちていく。
「で、仁科先生が帰ったとたん、あの人すぐ追いかけて行ったでしょ?もうそんなの、気になってるのが誰かなんてバレバレでしたよ〜」
からかうような言い方ではなく、どこか確信めいた穏やかさで、白石は言葉を続けた。
「たぶん気づいてる人けっこういると思いますよ。そもそも逢坂先生って、やたらと仁科先生に関わりたがるし」
「……っ」
言葉のひとつひとつが、心にじわじわと染み込んでくる。
(……そんなふうに、見られてたんだ)
他人から言われて初めて、信じきれなかった“好かれている確信”が、ゆっくりと形になって浮かび上がってくる。
あの視線。あの声の震え。
昨夜、理人が絞り出すように言った言葉の熱。
──『もう二度と、なかったことにはしねえから』
胸の奥に残っていたその言葉が、心の中で変化していく。
思い込みでも、勘違いでもなく、もしかしたら──という微かな予感。
(……あれが、彼の、本音)
そんなふうに都合よく考えてしまう自分に、まだ戸惑いはあった。けれどそれでも、不思議と心が軽くなるのを感じた。
梨乃は、足元に落ちた資料を拾い上げる。
その指先はまだほんの少し震えていたけれど、
さっきまでのような強い迷いは、どこか遠くに滲んでいた。
(……信じてもいいのかも、しれない)
そう思っただけで、胸の奥が静かにざわめいた。