治療不可能な恋をした
急変した拓馬の搬送とともに、梨乃と理人は小児集中治療室(PICU)の処置室へと入った。そこには必要な医療機器が整い、スタッフの視線が一斉に集中している。
張り詰めた空気は静かに変わり、ふたりの緊張感はそのままだった。
「アドレナリン、0.01mg/kg静注」
「はい、投与します!」
モニターに映る数値と波形に、全員の視線が釘付けになる。秒針が進むように時間は淡々と過ぎていくのに、その一瞬一瞬が永遠に思えるほど長かった。
心電図のラインは不安定に揺れ、酸素飽和度はなかなか上がらない。誰もが息を潜め、わずかな変化を見逃すまいと目を凝らしていた。
──やがて乱れていた波形がわずかに整い、酸素飽和度の数値がゆっくりと上向きはじめる。その小さな兆しに、処置室の空気が張り詰めたまま熱を帯びていった。
「……心拍は戻った。呼吸リズム確認。……よし、換気反応あり。SAT92%まで上昇中」
「血圧、90まで回復。利尿も出てます」
理人が最後に深く息を吸い、処置ベッドから体を引いた。
「……安定した。ICU管理に切り替えてくれ」
「はい」
周囲のスタッフが安堵の表情を浮かべるなか、梨乃もようやく息を吐いた。マスク越しに汗がにじみ、背中はびっしょりと濡れている。
処置室に残る緊張の余韻を背に、理人が無言で扉を押し開け廊下へ出た。扉が閉まると同時に、梨乃は壁にもたれかかり、大きくひとつ深呼吸を吐いた。
そのまま小さく座り込み、両手で顔を押さえた。
(助かった……)
額に手を当てたまま、梨乃はしばらくその場から動けなかった。冷静に対応していたはずなのに、終わったとたんに手のひらが震えだす。
それほどまでに、拓馬の容体は危なかった。小児特有の、あまりに急激な変化に背筋が冷えた。