治療不可能な恋をした
しばらく静かに呼吸を整え、周囲の喧騒が遠く感じられるなかで、やっと立ち上がった。
深呼吸をひとつ、ふたつと繰り返し、ICUスタッフに経過を託し、安定していることを確かめてから処置室の扉にゆっくりと歩み寄る。
扉を押し開け廊下に出ると、理人が連絡を受け駆けつけていた拓馬の両親に向かい、落ち着いた声で容体の説明をしていた。
梨乃もゆっくり歩み寄り、主治医として話に加わる。両親は説明を聞くと徐々に安堵の表情を浮かべ、ほっと息を吐きながら涙をぬぐった。
「……よかった、本当に……」
両親の声に胸が熱くなる。涙の止まらない母親を労るように父親が支え、寄り添いながらゆっくりと拓馬のベッドへ向かう背中を、梨乃は静かに見送った。
無言のまま、梨乃は近くの椅子に座った。張り詰めていた緊張がゆるみ、体の力が少しずつ抜けていく。
少しして、理人もそっと隣に腰を下ろした。二人の間に静かな余韻が漂う。
けれど、言葉はまだ出てこない。
「……お疲れ」
そんな簡単な声かけにさえ、今は返すことができなかった。
理人の存在が、胸の内の感情を震わせる。気持ちはあふれそうで、でもまだ言葉にするには届かない、そんな絶妙な間合いがそこにあった。
しばらく沈黙が続いたのち、梨乃がぽつりと小さな声を漏らした。
「……疲れた。何もかもが」
隣にいる理人がわずかに苦笑いを浮かべ、静かに問いかけてきた。
「何もかもって、俺のことも入ってる?」
その問いに梨乃は驚きを隠せなかったが、言葉を返さず、ただ静かに俯いた。
ふたりの間に静かな時間が流れる。