治療不可能な恋をした

静かな空気の中、梨乃の心はゆっくりと処置中の出来事へと戻っていった。

あの追い詰められるような緊張のなか、理人が駆けつけてくれたことでどれほど安心したか──その思いが胸を満たしていた。

「……さっきは、ありがとう」

ふと理人の顔を見やり、梨乃の声は震えながらも素直に口をついて出た。

「PICUでも、ご両親への説明も……逢坂くんがいてくれて、本当によかった。……すごく、心強かったよ」

その言葉とともに、梨乃の表情には初めて心からの笑顔が浮かんだ。

理人はその笑顔に驚いたように見つめた。ほんのり頬を赤く染めて視線を逸らしながら、どこか満たされたような穏やかな表情が垣間見えた。

(逢坂くんって……こんな顔、するんだ)

その様子を見て、梨乃は改めて彼の気持ちを確認し、胸が静かに熱くなるのを感じていた。

「……あの…」

言いかけて、梨乃は一度口を閉じた。胸の奥で揺れている想いを、どう言葉にしていいのかわからなかった。

でも、いま伝えなければ、きっと後悔する。

ほんの少しだけ息を吸って、梨乃は小さくうなずくようにして言葉をつなげた。

「……私、逢坂くんと……話がしたい」

そう言ったあと、梨乃は一瞬だけ理人から視線を逸らした。心臓の音がやけにうるさく感じる。

ほんの少しの間があいて、迷いを押し隠すように、早口で言葉をつないだ。

「場所……変えない?」

理人は一瞬驚いたように梨乃を見た。けれどすぐに、その瞳の奥に、どこか戸惑いながらも喜びを隠しきれないような光が宿ったのがわかる。

梨乃の胸がまた少しだけ高鳴る。

「……わかった」

静かに理人が頷くと、ふたりは並んでゆっくりと廊下を歩き出した。
< 123 / 306 >

この作品をシェア

pagetop