治療不可能な恋をした
夜風がそっと吹き抜ける非常階段の踊り場。冷えた手すりに触れながら、梨乃は無言で外の暗がりを見つめていた。
静寂に包まれた夜だった。下の階の灯りがぼんやりと遠くに揺れ、先ほどまでの騒がしさがまるで別世界のように感じられる。
手すりをぎゅっと握り、梨乃は言葉を探した。
少しして、ゆっくりと口を開いた。
「……私なんか、ってずっと思ってた」
小さな声だった。でも、自分の言葉を隠そうとは思わなかった。どこか自嘲めいて、それでいて、はっきりとした視線で理人を見つめる。
「逢坂くんみたいな眩しい人に、本気にされるはずないって……」
心の奥底にずっと抱えていた、不安や劣等感。誰にも言えなかったそれを、初めて外に出せた気がした。
理人は何も言わなかった。ただ、穏やかな目で梨乃を見つめ返していた。その沈黙に背中を押されるように、梨乃は続ける。
「でも……いま、ちょっとだけ信じられた気がする」
言いながら、自分でも驚くほど自然に、言葉が紡がれていた。
「逢坂くんが、私を好きでいてくれること」