治療不可能な恋をした
「そ、そういう冗談、やめてよ……」
「いや、わりと本気で拐いたくなってる。てかなんでそんな可愛い格好でくるの?俺を試してる?」
「ちがっ……!」
言いかけて、つい視線を逸らしてしまう。
(試してない……むしろ、“可愛い”って思ってほしくて選んだのに……)
見透かされそうで恥ずかしくて、言葉の続きを飲み込む。
「ほら、見て。俺の手」
「……?」
言われるがままに見ると、理人の手がそっと、こちらへ差し出されていた。
「触ってみて」
「?うん……」
おそるおそる手を伸ばし、理人の手に触れた瞬間。
「はい、確保」
「えっ──」
次の瞬間、梨乃の手は、彼の指の間にぴたりと包み込まれていた。
「……えっ、なに?え?」
「恋人つなぎ。普通に頼んでも恥ずかしがって許してくれなさそうだから」
「っ……!」
体じゅうを熱くしながらも、梨乃はつないだ手をほどけずにいた。いや──ほどきたくなかった。
理人の指がゆっくりと動いて、梨乃の指のあいだにするりと絡んでくる。ぴたりと馴染んだそのかたちに、胸の奥がきゅうっと痛む。
恥ずかしくてたまらないのに、掌に重なる熱が、体の奥までじんわりと沁みていく。
ごく自然な動きで、理人は軽く手を引く。
「じゃ、行こっか。軽食のあと観劇だったよな?」
「う、うん……」
二人で歩き出した足元に、初夏の陽射しがきらきらと降り注いでいた。
指と指のあいだに感じる彼のぬくもりに、梨乃は少しだけ深く息を吸った。
──たったそれだけで、世界が少し違って見える。
そんな、夏の午後のはじまりだった。