治療不可能な恋をした
やがて通り沿いの、ガラス張りのパティスリーにたどり着くと、理人がさりげなくドアを開けてくれる。
店内に一歩足を踏み入れた途端、ふわりと漂ってきたのは、焼き菓子とバターの甘やかな香り。正面にはケーキやタルトがぎっしり並ぶショーケース。その奥に、小さなカフェスペースが設けられていた。
「静かでいい店だろ。梨乃が好きかと思って」
「うん……素敵な所だね。それにケーキも可愛い」
店員に案内され、ふたりはカウンター奥の窓辺の席へ。ナチュラルウッドのテーブルには小さな花が飾られていて、ちょっとした特別感があった。
メニューを開くふりをしながら、梨乃はこっそりと理人の顔を盗み見た。
眉のラインも、まつ毛の影も、こんな至近距離でまじまじと見つめるのは久しぶりで──いや、もしかしたら初めてかもしれない。
甘い匂いが立ち込めるこの空間さえ、今日はどこか特別に感じられた。
「ケーキ以外も食えるみたいだけど、甘いの好きだった?」
そう訊かれて、はっと我に返る。
「え、あ、うん……わりと好き。仕事の合間とかお菓子食べたりする」
「わかる、俺も同じ」
「逢坂くんおやつとか食べるんだ……。そういえば前に夜中に自販機前で会った時、ココア飲んでたね」
「覚えてたんだ」
そう言った理人の声は、どこか嬉しそうで、少しだけ意外そうでもあった。
「あの時は驚いたよ。一人になりたくてあそこに行ったのに、梨乃がいるから」
「……ごめん、タイミング悪かったね」
「なんでだよ。寧ろ会えて嬉しかったんだって」
理人はそう言いながら、ふと目を細めて笑う。どこか照れたような、けれど、どこまでもやさしい表情で。