治療不可能な恋をした
「なんかさ、そういう小さいことを覚えてくれてるのって……思ってたより嬉しいもんだな」
ぽつりとこぼしたその声に、梨乃は思わず視線を向ける。理人はメニューも見ず、まっすぐこちらだけを見ていた。
「お、大袈裟じゃない?」
しどろもどろに梨乃が言うと、理人はふっと笑って、肩をすくめた。
「梨乃が思ってるより、俺は単純なんだよ。ちょっとしたことでテンション上がるし、この調子だと今日一日、ずっと浮かれたままだと思う」
「そ、そっか……」
平静を装いながらも、内心は落ち着かない。恥ずかしさで視線を合わせられず、梨乃はわざとメニューに目を落とした。
そのタイミングで、店員が近づいてきた。
「ご注文はお決まりですか?」
にこやかに訊く店員に、理人がすっとメニューを閉じた。
「ケーキセットをふたつ。飲み物は……俺はブレンドで」
言葉の端々に余裕がありつつも、すぐに梨乃に視線を向けて柔らかく微笑む。
「梨乃は?」
名前を呼ぶ声が、先ほどよりも一段やさしい。その響きに、梨乃の肩がほんのわずかに揺れた。
「えっと……じゃあ、私は紅茶で。砂糖とレモンはいらないです」
「かしこまりました。ケーキはショーケースから好きなものをお選びくださいね」
「ありがとうございます」
店員が離れたあと、理人が席を立ちながら言った。
「じゃ、見に行こっか」
差し出された手に梨乃は一瞬戸惑ったが、すぐに自分の手を重ねて立ち上がった。