治療不可能な恋をした

「なんかさ、そういう小さいことを覚えてくれてるのって……思ってたより嬉しいもんだな」

ぽつりとこぼしたその声に、梨乃は思わず視線を向ける。理人はメニューも見ず、まっすぐこちらだけを見ていた。

「お、大袈裟じゃない?」

しどろもどろに梨乃が言うと、理人はふっと笑って、肩をすくめた。

「梨乃が思ってるより、俺は単純なんだよ。ちょっとしたことでテンション上がるし、この調子だと今日一日、ずっと浮かれたままだと思う」

「そ、そっか……」

平静を装いながらも、内心は落ち着かない。恥ずかしさで視線を合わせられず、梨乃はわざとメニューに目を落とした。

そのタイミングで、店員が近づいてきた。

「ご注文はお決まりですか?」

にこやかに訊く店員に、理人がすっとメニューを閉じた。

「ケーキセットをふたつ。飲み物は……俺はブレンドで」

言葉の端々に余裕がありつつも、すぐに梨乃に視線を向けて柔らかく微笑む。

「梨乃は?」

名前を呼ぶ声が、先ほどよりも一段やさしい。その響きに、梨乃の肩がほんのわずかに揺れた。

「えっと……じゃあ、私は紅茶で。砂糖とレモンはいらないです」

「かしこまりました。ケーキはショーケースから好きなものをお選びくださいね」

「ありがとうございます」

店員が離れたあと、理人が席を立ちながら言った。

「じゃ、見に行こっか」

差し出された手に梨乃は一瞬戸惑ったが、すぐに自分の手を重ねて立ち上がった。
< 148 / 306 >

この作品をシェア

pagetop