治療不可能な恋をした
理人はしばらく無言でいたが、やがて絞り出すように本音を吐いた。
「……余裕なんて、全然ねえんだよ」
くしゃりと髪を握りしめる仕草には、怒りよりも悔しさの色が濃く滲んでいる。
「逢坂く……」
「俺は梨乃のこと……お前が思ってるより、少なくとも100倍は好きなんだ」
理人の瞳は真剣そのもので、声の奥に強い熱を秘めている。
「だから怖いんだよ……俺の知らない“昔”を知ってる奴が、当たり前の顔してお前のそばにいることが」
その声には、自分でもどうしようもない独占欲が混じっていた。
こんなことで嫉妬して、自分らしくもないことも、大人気ないこともわかっている。理性では受け流せばいいとわかっているのに、感情だけが頑なに引き返してくれなかった。
「今どんなに隣にいても、俺の知らない梨乃をそいつは知ってるんだって思い知らされて……それがただ、悔しいんだ」
その言葉は、胸の奥から滲み出るような切実なものだった。
また、沈黙が落ちる。けれど先ほどまでの刺々しい空気とは違い、そこにあるのはどこか不安定で、足元が揺れるような静けさだった。