治療不可能な恋をした
視線を少しだけ理人に向け、そっと「理人は気にせず行ってきていいよ」と伝える。
理人は梨乃に一度目配せした後、首を振り即答した。
「いや、梨乃と帰る」
その迷いのなさに、梨乃は一瞬反応を忘れた。けれど呼吸の感覚は鮮明で、体じゅうがふわりと熱を帯びていく。
「ははっ!だろうな」
初めから分かっていたかのように、黒川が軽やかに笑った。
「お前……変わったな。少し前までは自分を持て余した顔して、何に誘っても“どっちでもいい”って感じだったのに」
そう言って、黒川は穏やかに目を細めた。
「……なんでか、なんて。聞くまでもねえか」
黒川はゆっくりと視線を梨乃に向け、にこりと屈託なく笑った。梨乃の肩がぴくりと震え、返事に困って少しだけ目を逸らす。
視線を彷徨わせた梨乃は、ふと理人の方を見て、目が合う。理人が柔らかな笑みを返してくれ、その瞬間、心の奥を甘い痛みに似た震えがかすめた。
同期の女子達や黒川の言葉、そして理人自身が言ってくれた「これからも気持ちは変わらない」という強い思い。
それら全てが、理人の隣にいるこの時間も、この距離も──堂々と受け止めていいんだと、心の深いところで確信させてくれる。
そっと手を胸に当て、梨乃は心の中で静かに願った。
(理人の彼女として……自信をもってみたい)