治療不可能な恋をした
「逢坂先生、先ほどのカンファでのお話、とても勉強になりました」
視界の先にいたのは、理人だった。廊下を悠々と歩きながら、その隣では見覚えのある麻酔科の女医が柔らかく笑っていた。
「特に術後の循環管理のポイント、心外の先生がどうモニタリングしているのかを具体的に聞ける機会って、麻酔科にはなかなかないので」
「そうですか。それは良かったです」
「時間が限られてしまっていて、もっと突っ込んで聞きたかったくらいです」
彼女は少し間を置いて、理人の横顔をのぞき込むように首をかしげた。
「もしよかったら今度、ゆっくり教えていただけませんか? 堅苦しい場じゃなくて……普通に食事でもしながら」
それに対して理人は軽く笑い、肩をすくめた。
「しばらく予定が詰まっていて。すみません」
けれど女医はなおも体を寄せ、負けじと引く様子がない。
「それなら予定が落ち着いたらぜひ。私はいつでも構いませんから」
理人は笑顔のまま首を振り、距離をとりつつなおも断っていた。そのやり取りを、少し離れた場所からじっと見つめてしまう。
女医の熱の籠った視線と、軽やかに返される言葉。理人が浮かべる、薄い笑み。
──胸の奥が、きゅっと縮んだ。
(べつに……よくあることなのに)
足を止めて見つめてしまう自分に気づき、慌てて視線を逸らす。
けれどひとつ向こうで続く彼らの声が、梨乃の鼓動を落ち着かせてはくれなかった。