治療不可能な恋をした

理人は会話を続ける中でも、ふと梨乃の存在に気づいたらしい。いつも通り、柔らかな笑みを浮かべてこちらに視線を向ける。

「仁科先生。奇遇ですね、これから外来ですか?」

声が届き、胸の奥がざわりと動く。目を合わせようか一瞬迷い、梨乃は小さく唇を噛む。

「おはようございます。……いえ、今日は回診で……」

返事は落ち着いているつもりだったが、心の中のざわめきは隠せない。思わず手元の書類に目を落とし、深呼吸をひとつして自分を落ち着ける。

「そうですか。俺はこれからなんですけど、TGA術後の子の学校生活についてちょうど相談したいことがあるんです。運動制限や登校の注意点について、仁科先生の意見も聞けたらと思って。午後にでも、お時間いただけますか?」

梨乃は一瞬迷いながらも、申し訳なさそうに答える。

「ええ、もちろん……ただ、午後は私が外来担当なので、少し落ち着いた時間に改めてお願いできますか?」

理人は軽く頷き、笑みを崩さずに返す。

「分かりました。ならその頃に伺いますね」

その間、横にいた麻酔科の女医の視線が、ちらりと梨乃に向けられる。無言のままのその目は、快く思っていないのが一目で分かる。

ほんの一瞬、眉の端がわずかに吊り上がり、笑顔の奥に鋭さがのぞいた。

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