治療不可能な恋をした
梨乃は慌てて視線をそらし、足元の床を見る。
(病院では交際を知られたくないって、私が言ったのに……)
それなのに、理人に向けられる他の女性の視線が胸に刺さり、どうしても心がざわつく。
恥ずかしい──隠したい理由は、それだけだった。けれどそのせいで理性と感情がぶつかり合い、胸の奥で喧嘩している。
矛盾する気持ちに戸惑いながら、梨乃は視線を伏せる。自分の選択でこうなるのは分かっている。それでも、理人の周りで飛び交う視線に胸のざわめきが止まらない。
「……すみません。ちょっと急ぐので、失礼しますね」
曖昧な言い訳を口にし、会釈して横を通り抜ける。
理人が大事にしてくれているのは十分に分かっている。先ほどだってきちんと断ってくれたし、黙って他の女性と食事に行くような、不誠実な人じゃない。
(だから、気にすることなんか何もない、はずなのに……)
すっきりしない思いを抱えつつ、足早に医局へ戻る。
愛梨の言葉、理人の笑顔、麻酔科医の視線──すべてが今日一日の気持ちの重さを少しずつ積み上げていく。
自分が望んで隠したはずの関係が、逆に胸のモヤモヤを濃くしていることを、梨乃は今更になって痛感していた。