治療不可能な恋をした

──可愛い恋人。

その言葉に、胸の奥が一気に熱を帯びる。心から嬉しいと思うのに、同時に病院での視線や噂を想像してしまい、簡単には頷けなかった。

梨乃は俯き、小さく首を振る。

「……まだ、ちょっと……それは」

噂に晒されて、今まで通りの仕事ぶりができる自信がなかった。そうなれば、患者にも同僚にも迷惑をかけてしまう。

理人は「だろうな」と笑って受け止める。けれど、その次の言葉は少し真剣な響きを帯びていた。

「じゃあせめて、俺たちだけの時間をもっとちゃんと作ろうか。外で気にするくらいなら……中で、誰にも邪魔されない場所をふたりで作ればいい。梨乃が少しも不安に思うことがないように」

その言葉に、梨乃の胸が大きく揺れる。

息を詰めたまま、気づけばその言葉をぽろりとこぼしていた。

「……それって……同棲……とか?」

自分でも驚くほど自然に出てしまった言葉。ずっと心の中で燻っていた想いが、抑えきれずに溢れた。

自分の発した言葉を理解し、慌てて理人の顔を盗み見た。理人は梨乃を見つめたまま、嬉しそうに破顔した。

「……言ったな?」

理人の瞳は、まるで待ってましたと言わんばかりに楽しげに細められていた。作戦どおりとでも言いそうなその表情に、梨乃の心臓がどきりと音を立てた。

やってしまった。体じゅうが熱を帯びて背中にじんわり汗がにじみ、慌てて言い訳を探す。

「ち、違……!いや違くはないけど、その……っ、なんていうか、つい勢いで……」

しかし梨乃が真っ赤になって言い訳を探す前に、「梨乃」と、理人が遮るように言葉を差し込む。

「俺の気持ちは前に言ったよな、一緒に住んでほしいって。……てことで今、言質取ったから」

茶化すように笑う声色は、でも穏やかで真剣だ。

「一緒に、住んでみる?」

その一言に、胸の奥に積もっていた不安が少しずつほどけていく。

逃げ場を失ったように迷い、けれどどこか安心しながら──梨乃は小さくも、それでもしっかりと頷いた。
< 212 / 306 >

この作品をシェア

pagetop