治療不可能な恋をした
「よし。じゃあ決まりな」
理人は軽やかにそう言うと、白衣の襟を整えた。何気ない仕草のはずなのに、どこかいつもより楽しそうに見えてしまう。
「ひとまずは午後の仕事もあるし、今夜改めて話そう」
そう言って歩き出しかけた理人だったが、なぜかふと足を止め、ゆっくりと振り返った。
「ああ、そうだ」
一呼吸置き、真剣な色を声に乗せて続ける。
「さっきの件。今後、俺が誰にどこでどんなふうに誘われたとしても、梨乃を蔑ろにしてそっちに行くなんてことは、絶対にないから」
そう言って、すっと手を伸ばし、梨乃の頭をぽんと優しく撫でる。大きな掌の温かさに、胸の奥の張り詰めていた不安がじわりとほどけていく。
「理人……」
「だから安心しろよ。……な?」
真っ直ぐな眼差しに、胸がいっぱいになる。
どれだけ不安を隠そうとしても、この人は気づいて寄り添ってくれる。自分でも気付かないような欲しかった言葉を、当たり前のようにくれる。
「……ありがとう」
嬉しさで胸が詰まり、結局それしか言葉にできなかった。代わりに柔らかな笑みを見せれば理人はふっと目を細め、顔を寄せてきた。
そして、ちゅっと触れるだけのキスを落とす。
「……!?」
不意を突かれ、思わず目を瞬かせる。唇に残る温度とともに、頬まで一気に熱を帯びていく。
理人はすぐに唇を離し、揶揄うように笑った。
「誰もいないとこならいいだろ?」
そう言い残して、白衣の裾をひらりと翻し、今度こそ歩き去っていく。
残された梨乃は、火照った頬を隠すように手で覆い、小さく息を吐いた。
胸の奥のざわめきは、もう影を潜めている。残っているのは、理人に大切にされているという、甘くて温かな実感。
視線を落とせば、まだ手に持ったままのおにぎり。ようやく今、それを一口かじる気持ちになれていた。