治療不可能な恋をした
. . 𖥧 𖥧 𖧧


午前の診療を終え、昼休憩から医局に戻った梨乃は白衣に袖を通した。

カタカタと響くキーボードの音、電話に応じる声、紙をめくる音。いつも通りの医局の空気に、自然と背筋が伸びる。

そんな中、後輩のレジデントが控えめに歩み寄り、声をかけてきた。

「仁科先生、この前お願いしていた症例の資料、無事にまとめられました」

手にしたファイルを差し出す様子に、梨乃は軽く頷きながら受け取る。

「ありがとう。手間取らなかった?」

資料をめくりながら尋ねると、後輩は首を横に振る。

「少し時間はかかりましたけど、先生の指示通りにやったらすぐでした」

「そっか。ざっと見た感じ必要なデータも漏れなくまとめられてるし、助かったよ」

「本当ですか?良かった〜」

「最後の細かいチェックは私がやるから、このままこれはもらっておくね」

梨乃は軽く微笑み、書類を整えるとデスクに向き直った。けれど後輩は何故かその場に留まり、ためらうようにじっと梨乃を見つめてくる。

「仁科先生……最近なんだか雰囲気柔らかくなりましたね」

「えっ?」

思わず間の抜けた声を返してしまう。

「え、えっと……そうかな……?」

梨乃は口ごもりながら視線を逸らす。頬に小さな熱が集まるのを感じていると、後輩はハッとして慌てながら両手を振った。

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