治療不可能な恋をした
総合受付は昼前の混雑でざわめいていた。
診察を終えた患者たちが列を作り、番号を呼ばれる声が途切れなく響く。
梨乃はカルテと依頼書類を抱え、職員専用の扉のロックを解除して入室した。
「失礼します。小児科の仁科です」
声をかけると梨乃に視線が集まり、すぐに立ち上がって対応したのは、年配のベテラン職員だった。
「仁科先生、お疲れさまです。どうされました?」
「こちらの患者さんなんですが、公費負担の申請書類に不備があるそうで……。医局長から確認をと依頼を受けました」
梨乃が事情を説明すると、職員は「なるほど」と頷き、手際よく書類をめくりながら記録を照らし合わせる。
「……はい、確かに未入力の欄がありますね。訂正はこちらで進めますので、先生の署名だけいただけますか?」
「承知しました」
梨乃がペンを取り、書類にサインを入れようとしたそのときだった。
ふと、横合いから視線を射抜かれたような感覚が走る。顔を上げると、数メートル先からこちらを見つめる、見覚えのある顔と目があった。
「……!」
その顔を見た瞬間、胸の奥がひやりと凍りつく。
梨乃は一瞬だけ動きを止め、サッと視線を逸らして紙面へ落とした。
それは──理人の実家の前で偶然出会い、「しつこくつきまとわれたことがある」と彼が打ち明けてくれた相手。
頭の中で断片的な記憶がつながり、息が詰まる。
──そこにいたのは、清野菜々美だった。
鼓動が耳の奥でやけに大きく響き、手のひらが汗ばむ。冷や汗が背筋を伝い落ち、ペンを持つ指先がわずかに震えた。
(彼女が、どうしてここに…?)