治療不可能な恋をした
それから数日間は、まるで何事もなかったかのように、日常は静かに流れていた。
診療の合間には理人と短いやり取りを交わし、帰宅と職場を往復するだけのいつもの生活。忙しさに追われ、気づけば一日が終わってしまうことも多い。
小さな疲れはあっても、表面上は落ち着いた日々が続き、同棲に向けた準備も少しずつ整っていった。
家具の配置や生活用品の手配、細かい引っ越しの段取り……そんな日常の雑事が、いつの間にか心の安定を支えているように感じられた。
けれど同棲開始を直前に控えた、ある日のこと。
帰宅して静かな部屋に入ると、テーブルの上に置いたスマートフォンが光った。通知の数字に目をやり、画面を覗き込む──表示されているのは見慣れない番号からの着信だった。
「……誰だろう」
迷いながらも通話ボタンを押す。だが、聞こえてくるのは、ただの沈黙だけ。
「もしもし?」
何度問いかけても、息遣いも声も何もない。ただ無音が耳の奥で重く響き、思わず手が震えた。
「……あの、どなたですか…?」
何度目かの問いかけのあと、電話は無音のまま、音もなく切れてしまった。
(な、なに……?)
無機質な電子音が耳に残り、心臓の奥で冷たい違和感がざわりと広がる。
誰かの悪戯か、間違い電話か──そう思おうとする自分を、梨乃は必死に落ち着かせた。