治療不可能な恋をした
翌日、初秋の朝にはまだ夏の名残が残っていた。
梨乃はカーディガンを肩に掛け直し、ひとつ深呼吸をしてから理人と並んで病院へと向かう。
「……本当に休まなくて良かったのか」
歩調を合わせながら問う理人に、梨乃は小さく笑って首を振った。
「大丈夫。昨日、理人がずっとそばにいてくれて……安心できたから」
それは言葉だけの強がりではなく、心からの本音だった。
心の底から信頼できる人がそばにいて、その人が全力で守ろうとしてくれる。その事実が、張り詰めていた心をやわらげてくれた。
さらに昨晩の電話で、無言電話の相手が菜々美だと分かったことも大きかった。周りのすべてが敵に見えていた錯覚は薄れ、少しずつ呼吸が楽になっていく。
出勤すると、院内はまだ人も少なく、どこか静けさが漂っていた。
エレベーター前で足を止めた理人は、低い声で言う。
「俺は施設管理部に寄ってから向かう。監視カメラの映像の開示ができるか確認してくる」
「え?じゃあ私も……」
言いかけた梨乃に、理人はすぐさま首を振った。揺るぎのない視線が梨乃を射抜く。
「梨乃はこのまま医局に行ってくれ。小児科の人達とは信頼関係ができてるだろうから、病院で梨乃にとって一番安全なのは、きっとあそこだ」
理人の説得力のある断言に、梨乃は押し黙る。ほんの少しの逡巡のあと、静かに頷いた。
「……分かった」
「あと、医局長にもロッカーの件の報告を頼む。恐らく正式な開示依頼書と報告書が必要になるだろうから、準備しておいてほしい」
「うん」