治療不可能な恋をした

短いやり取りを終えて別れる前に、理人は梨乃の手を一度力強く握った。その温もりが確かな約束のように伝わり、梨乃の胸の奥に静かな安心が宿る。

「……またあとで、連絡する」

二人は視線を交わし、やがてそれぞれの持ち場へと歩みを進めた。

そのままエレベーターを降りてすぐの所にある小児科のナースステーションに着くと、すでに朝の準備に追われる看護師たちの声が飛び交っていた。

その中で梨乃はすぐに医局長を捕まえ、電話番号など個人情報漏洩の可能性とロッカーの件を報告した。

報告を聞き終えると、事態の深刻さはすぐに理解された。

電話番号が勝手に流用され、見知らぬ相手からの着信が何件も続いている。しかも、その情報が院内で漏洩した可能性が高く、単なる個人的な嫌がらせの域を超えている。

医局長は即座にロッカーの配置替えを指示し、自ら施設管理部やシステム部に連絡を入れる手際の早さを見せてくれた。

「間違いなく院内の誰かだろうからね。内容も悪質だし、放置はできない。すぐに対応してくれるそうだ」

カメラの確認には時間がかかるらしく、その間、梨乃は自分にできる業務を淡々と進めていった。病棟からの申し送りに目を通し、必要な処方のチェックを終えると、時間になったところで朝のカンファレンスに参加する。

そこで情報を共有し終えたのち、午前は外来担当の当番であることを再確認し、カルテや診察器具を揃えると、1階の診察室へと足を運んだ。

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