治療不可能な恋をした
午前の外来は、最初のうちは順調だった。発熱や咳を訴える幼児、健診目的の乳児。どれも日常的な診察で、大きな問題はなかった。
やがて受付から新しいファイルが届く。
カルテには「小児1型糖尿病・8歳女児」の紹介状が挟まれていた。梨乃は深呼吸をひとつして、診察室に入ってきた母娘を迎えた。
「こんにちは。今日は血糖のコントロールの確認ですね」
「はい。よろしくお願いします」
梨乃は受け取った紹介状に目を通す。だが、すぐに違和感が胸に広がった。
低血糖の記録や夜間のインスリン量が抜けており、診察に必要な情報が欠けていたのだ。
(……おかしい。これじゃ、判断に必要な材料が揃わない)
背筋に冷たい緊張が走る。血糖値の変動や低血糖リスクを考えながらインスリン量を調整するのに、欠落したデータでは正しい判断ができない。心臓が早鐘を打ち、手元の書類を繰り返し見返す。
「……あの、こちらの記録には先月の低血糖の経過が抜けているようですが……最近、症状はありましたか?」
梨乃が問いかけると、母親は戸惑ったように目を瞬かせた。
「え……?前の病院でもらったものは全部、総合受付の方で最初に提出しましたけど……」
その声には困惑と不安が入り混じっている。資料は渡したはずなのに、医師が困っている様子を目の当たりにし、心配が募っていくのだろう。