治療不可能な恋をした

診察を進めるうちに、母親の不安と苛立ちは次第に増していく。けれど手元の資料はほとんど手がかりにならず、判断の手がかりは母親の口から得る情報だけだった。

「……あの、本当に大丈夫なんですか!?こっちは子どもの体が心配なんです!“できる範囲”じゃ困ります!」

母親の語気が強くなる。診察室に重い空気が流れる中、梨乃は深く息を吸い、患者に向き直った。

「ご心配をおかけして、大変申し訳ありません。
確認対応を進めておりますので、もう少し詳しいお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」

梨乃は頭を下げながら、血糖値や体調のチェックを繰り返す。母親の苛立ちを含んだ言動に気を配りつつ、今できる範囲での安全確保を必死に考えた。

そのとき、診察室のドアがノックされ、上司が入ってきた。

「失礼します」

上司は静かに視線を母親に向け、安心感を伝えるように微笑む。そして診察室の中央に立ち、落ち着いた声で切り出した。

「小児科長の河合です。状況は把握しております。まずはご家族にご心配をおかけしていること、私からもお詫び申し上げます」

母親の視線は一瞬驚きに揺れたが、科長の落ち着いた口調と丁寧な態度に、少しだけ肩の力が抜けるのがわかった。

「資料については、現在前医に確認中です。届き次第、正式にインスリン量や低血糖対策を整理します。それまでは仁科の指示のもと、今日わかる範囲で安全確認を進めてください。私もここで状況を見守り、必要に応じてサポートしますので」
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