治療不可能な恋をした
その言葉で肩の力を抜き、母親も少しだけ冷静さを取り戻す。
資料が届くまでの間、梨乃は母親の話を聞きながら、手元の血糖値と体調チェックに集中する。母親は苛立ちを含んだ声を漏らすが、科長の存在が緊張を和らげ、診察は妨げられずに進む。
「低血糖の兆候はありますか?手や体の震え以外に気になることは?」
母親は不安げに答え、梨乃はそれを入力し、カルテの空欄に必要な情報として整理する。
診察室での張り詰めた空気が一段落したころ、スタッフからFAXで前医からの資料到着が伝えられた。
梨乃は即座に資料を慎重に確認し、母親に向き直る。
「届いた資料を確認しました。インスリン量や低血糖対策を整理しましたので、今日からこちらの方法で対応していきましょう」
前医から取り寄せた記録の束を母親に手渡しながら、梨乃は穏やかな声で進めていく。
「こちらがこれまでの注射量の記録です。まず朝の単位は……」
梨乃は資料の該当箇所を指で示しながら、一つひとつ順を追って丁寧に説明していく。母親が頷くたび、梨乃は次の項目に移る。
「次に、低血糖の兆候があった場合の対応方法です。手や体の震え以外にも、眠気や顔色の変化に注意してください。もしこういった症状が出た場合はまずブドウ糖を補給し、その後血糖を測定します」
母親は資料に目を落とし、梨乃の指示に従って頷いた。
そして説明を終えるころには、母親の表情は徐々に安堵に変わり、診察室の空気がようやく平常に戻りはじめていた。