治療不可能な恋をした
最後にもう一度謝罪をしたあと、母娘が診察室を出ていくと、梨乃は深く息を吐き、わずかに肩の力を抜いた。
静けさの戻った室内で、徐々に息を詰めていた呼吸は整い、外から見れば落ち着きを取り戻したように見える。
だが胸の奥では、心臓がまだ不規則に跳ねていた。一歩間違えれば重大な事態になっていた──そう思うと、体の芯が遅れて冷えていくようだった。
診療の場で動揺を見せてはいけないと自分に言い聞かせながらも、その重さは拭えない。
「科長……ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。紹介状の不備に気づかず、診療に混乱を招いてしまいました」
言葉を詰まらせまいと意識しつつ、頭を下げる。科長は診察室の入り口から視線を外し、落ち着いた声で告げた。
「……その件についてはあとで話がある。外来が終わり次第、執務室にきてくれ」
梨乃の体に再び緊張が走る。心の奥のざわつきを押し隠しながら、表面上は落ち着いて返した。
「……はい、わかりました。外来終了後に伺います」
小さな嵐は過ぎ去った。だが、より重い影がすぐそこに待っている。その予感だけが、胸の奥に残っていた。