治療不可能な恋をした
背筋がぞくりと冷たくなり、言葉を失った。その隣で理人がさりげなく体を寄せ、軽く視線を落として梨乃の存在を支える。
科長が深く息を吐き、視線を鋭くした。
「これらは単なる院内規律違反の範疇ではない。患者の命に関わる資料を意図的に抜き取ったとなれば、刑事事件として扱われる可能性が高い」
梨乃の手が無意識に強張る。重い言葉が頭に落ちていき、心臓の鼓動が早まっていくのを抑えられなかった。
科長は机上の資料を指先で揃え、きっぱりと言い放った。
「以上を踏まえ、病院としては清野菜々美に対し即日、解雇処分を言い渡す。加えて警察へ通報し、正式に捜査を依頼することに決定した」
医長が頷きながら補足する。
「関係各所への注意喚起も行う。患者や職員の個人情報が不正に扱われた以上、再発防止の徹底は不可欠だ」
梨乃は息を呑んだ。解雇、そして通報──その言葉の重さが胸にのしかかり、息苦しさを覚える。
隣にいた理人がそっと梨乃の手元に視線を落とし、かすかに眉を寄せる。
「……大丈夫か」
小声で投げられた問いかけは、会議の重苦しい空気の中で、梨乃にだけに届くような優しさを帯びていた。
科長はその様子を一瞥し、全員を順に見渡した。
「まずは院内の安全確保が最優先だ。今日中に職員へ注意を促すとともに、患者や家族に不安を与えぬよう対応を統一する。……以上だ」
色のない科長の言葉を補うように、医局長が静かに口を開く。
「逢坂先生もですが……特に仁科先生については、今回のことは精神的な負担も大きいはずです。業務に支障が出そうなときは、無理せずすぐに申し出てください。こちらで配慮します」
梨乃は小さく頷きながらも、体の前で組んだ指が震えているのを自覚していた。
小さな不正の積み重ねが、ここまで大事に発展していたのか。──胸の奥には、拭いきれない不安と緊張が残り続けていた。