治療不可能な恋をした

(不思議……。まだそんなに経ってないのに、こんなに落ち着けるなんて)

壁の色も、家具の配置も、まだ自分たちの匂いが染み込むほど時間は経っていないはずなのに、隣に理人がいるだけで、ここが「帰る場所」だと自然に思える。

(……やっぱり、理人が優しいからかな)

梨乃はそっとマグカップを両手で包み、温もりを胸に引き寄せた。

実家暮らしが長かったせいで、正直家事にはあまり自信がなかった。最初は生活が始まれば慌ただしくなって仕事との両立は難しいのではと不安もあったけれど──その心配は杞憂だった。

料理も掃除も洗濯も理人の方が手際よく、しかも完璧だった。特に料理は、彼の母親が言っていた通りきちんと仕込まれていたらしく、調味料の分量も迷わず手早く仕上げてしまう。

キッチンに立つと、こちらが素人のように思えてくる。

「……ほんと、器用だなぁ」

梨乃は心の中で苦笑する。思っていた以上に自然に、二人の生活は馴染んでいた。

この日は休日。時計の針はゆっくりと進み、窓の外の陽射しも柔らかい。病院の忙しさから解き放たれたリズムは、まるで別世界に迷い込んだようだった。

二人はソファに並んで座り、時折他愛ないことを話しながら、のんびりとした時間を分け合っていた。
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