治療不可能な恋をした

欄干に手を置いたまま、しばらく渓谷の景色に見入っていると、隣で理人の手がそっと梨乃の手の甲に触れた。驚きで小さく息をのむが、その温かさは自然と心をほどいてくれる。

「……空が高いな。空気も澄んでて、吸うと気持ちいい」

「ほんと。胸の奥まで静かに入ってくる感じがする」

言葉は少ないのに、理人の手の重みやほんのわずかな動きから、柔らかさや安心感が伝わってくる。

今は人のざわめきも遠くに溶けて、まるで二人だけの世界にいるかのようだった。

歩き出すと、今度は肩がふと触れ合う。

(……ん?)

抱いたのは、ほんの小さな違和感だった。

手や肩の距離、視線の落ち着きのなさ、呼吸の微妙な硬さ──どれもはっきりとおかしいわけではない。ただ、いつもより少しだけぎこちなく、落ち着きがないように感じられた。

梨乃はわずかに眉をひそめ、頭の奥で考える。

(……朝早くから起きてるし、運転も長かったし、休憩もなしで散策に出たから……そのせい……?)

それでも手や肩の温もりは変わらず心地よく、違和感を覚えながらも、自然と歩みを進めてしまう自分がいた。

そのまま展望台を後にし、石畳の小径を降りながら、梨乃はふと声をかける。

「ねえ、理人……疲れてない?大丈夫?」

その問いに、理人は一瞬驚いたように目を大きく開く。
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