治療不可能な恋をした
(……違う)
今の理人は、そんな“いつもの顔”とは、まるで別人だった。
「……は、離して」
やっとの思いで声を絞り出す。けれど理人は、すぐには応じなかった。
掴んだままの手に込めた力は強くない。けれどその代わりに気持ちの揺れが伝わってしまいそうで──怖かった。
「手、痛い……っ」
今度は、ほんのかすれた声で。
理人ははっとしたように目を伏せ、数秒ののち、ゆっくりとその手を離した。
触れていた部分がわずかに熱を帯びて、そこだけがやけに生々しく残った。
その瞬間、梨乃はくるりと背を向けて走り出していた。逃げるように。その場から、そして彼の目から。
白衣の裾が翻り、足音が廊下に響く。
(なんで……)
胸の奥がぐしゃぐしゃにかき乱されていた。
さっきの理人の目が、頭から離れない。
怒っていたのか、傷ついていたのか、それとも──
分からなかった。ただ、今まで見たどの理人よりも、素の感情に近い気がした。