治療不可能な恋をした

目の前には、大阪のコンベンションセンター。正面入り口から続く広いエントランスには、医療関係者たちの姿があった。

梨乃は今日、大阪で開催されている全国小児疾患学会に参加していた。

子どもの慢性疾患や先天性疾患に関する最新の知見が発表される年に一度の大規模な学術集会。余計なことを考えている余裕はない。

会場は広く、参加者の熱気に包まれている。
全国から集まった小児科医や看護師、リハビリ職、時には医療系の企業関係者まで──視線の密度に、呼吸が浅くなるのを感じた。

(落ち着け、いつも通りでいい)

何度もリハーサルを繰り返したスライド。手元にはその印刷資料と、小さく折った原稿のメモ。

内容は、梨乃が長く担当してきた慢性小児疾患のフォローアップに関する臨床報告。医局の勧めもあり、急遽エントリーが決まり、なにかと準備に追われたここ数ヶ月だった。

講演まで、あと十五分。

会場の椅子に腰を下ろしながら、落ち着かせるように深呼吸を繰り返す。スーツの襟元に乾いた空気が触れて、心臓の鼓動を少しずつ意識させてくる。

(集中、集中……)

そう思った矢先。

隣の席に、人の気配を感じた。

「……よお、お疲れ」

低くてよく通る声が、梨乃の耳に届く。
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