治療不可能な恋をした
思わず振り向くと、そこには理人が立っていた。濃紺のスーツに身を包み、首には学会のネームストラップ。髪はきっちりと整えられ、どこかいつもより大人びた雰囲気が漂っている。
「……逢坂先生」
声が少し上ずるのを、自分でも自覚していた。
(どうしてこの人、こういう時に限って現れるの……)
ただでさえ緊張していた胸の鼓動が、別のリズムを刻み始める。落ち着け、そう思うのに、自然と彼の存在が視界を奪ってくる。
理人とは飲み会の夜、駅まで送ってもらって以来だった。
その後も何度か病院で顔を合わせる機会はあったはずなのに、なぜか絶妙にすれ違い続けてきた。無意識のうちに避けていたのか、避けられていたのか……よく分からない。
だから久しぶりの対面に、ひどく心がざわついた。
たった数日しか経っていないのに、彼を前にすると、どこか不意打ちを受けたような感覚になる。自分でも制御しきれないその動揺が、喉の奥で静かに熱を持った。
「発表、もうすぐだろ。……頑張れよ」
何気ない口調。それなのに、そのひと言がやけにまっすぐ胸に届いた。
「……うん。ありがとう」
そう返した声が、やけに小さく響いた。
(……ダメだ、今は仕事。集中しなきゃ)
意識のどこかで理人の言葉が反芻されているのを無理やり押しやって、梨乃は手元の資料を見つめた。
これまで何度も読み込んだメモ、それが今唯一の拠り所だった。