治療不可能な恋をした
理人が軽く頷き合図を送ると、待機していた看護師が親子に声をかける。
「佐伯さん、検査室までご案内しますね」
「ありがとうございます」
奈々の手を取りながら母親が一礼し、看護師に付き添われて部屋を出ていった。
──再び静かになった診察室。
理人はカルテを閉じて、ふと梨乃の方を見やった。
「仁科お前、子供には優しいんだな」
唐突なその言葉に、梨乃は一瞬だけ手を止めた。
「……小児科医ですから、当然のことです」
表情は変えず、言葉もあくまで事務的。でもその口調に、わずかな照れがにじむ。
理人は、そんな梨乃の横顔を面白そうに見つめたまま続けた。
「いや、正直意外。大学の頃……つか今もだけど、いっつも眉間にシワつくって難しい顔してたし。てっきり子どもとか苦手なんだと思ってた」
「苦手だったら、専攻なんてしません」
理人は肩をすくめて笑った。
「たしかに。それ言われたら、なんも言えねえな」
そんなふうに軽く茶化すくせに、その目はほんの少しだけ真剣で。
梨乃はあえてその視線を受け止めず、カルテを閉じながら立ち上がった。
「では奈々ちゃんの検査については、病棟の看護師に伝えておきます。結果が揃い次第、カンファレンスでご報告させていただきます」
「了解。……じゃあまたな、仁科」
軽く手をあげた理人の口調に、親しみが混じっていた気がした。
梨乃は一度だけ頭を下げ、そのまま振り返らなかった。