破滅ルートを辿る和風シンデレラストーリーの悪役令嬢(義妹)なのに、ヒーローから溺愛されている件について
2話 破滅ルートだけはご勘弁を
『大正華恋ロマンチカ ~次期公爵さまの運命の花嫁~』略して『恋ロマ』は、私の転生前の世界で空前の大ヒットを記録した大正時代を舞台に繰り広げられる和風恋愛小説だ。原作はシリーズ累計100万部を突破し、コミカライズに続きアニメ化もされ、さらには実写映画化も果たした大大大ヒット作だ。
侯爵家の愛妾の子で、幼少期から手ひどく虐げられてきた不遇なヒロインが、公爵家嫡男のヒーローと出会い愛され救われるシンデレラストーリー。
そのヒロインが、葛城侯爵家の庶子である香代子であり、香代子を虐げるも自爆して破滅ルートを辿る異母妹の小百合が――この私だ。
「そんなあぁ……」
決して信じたくないのに、それはもうまぎれもない事実だった。
倒れるとき、大量に流れ込んできたのは自分の知らない記憶だった。テレビや自動車など、私の知るそれとは姿形の違うものばかりで混乱し、処理しきれずに意識を失ったのだと思う。
そして、寝て起きてみれば、それらの記憶たちは整理され、驚くほどすんなりと私に馴染んで全く違和感のないものとなっていた。
知らない記憶は、私が小百合になる前の人生――転生前の記憶。
そう、私は現世でなんらかの理由で死んで、『大正華恋ロマンチカ ~次期公爵さまの運命の花嫁~』の世界に転生してしまったのだろう。なぜ死んだのか、その辺りの記憶は曖昧なのだけれど、過ぎたことはもはや大したことではない。
まさか自分が、転生するなんて……。
流行りの転生ものを読んでは、「もし自分が転生したら、第二の人生思いっきり楽しむなー」なんて気楽に考えていたけれど、いざ自分が経験してしまうとなんとも奇想天外な状況に戸惑うばかりだった。
「はぁ……どうせ転生するなら、香代子がよかった……」
愚痴ったところで現実は何も変わらない。だけど、わかっていても嘆かずにはいられない。
「だって、このままだと私、破滅ルートまっしぐらなのよ……」
整理された記憶の中には、今よりも先のストーリーの記憶もしっかりとあり、全身から血の気が引いていく。
小百合は母と一緒に香代子をいじめ、ヒーローとの恋路を邪魔したが、それでも二人の関係を壊せなかったため、とうとう香代子を殺そうと事件を起こす。
そして、その罪をヒーローに暴かれた小百合は、どこかの家で下女として奉公に出されるのだが、そこで奴隷同然の扱いを受けた末、病気にかかって死ぬ末路を辿る。
それはそれは悲惨な最後だったからよく覚えている。
――この鈍間!
その言葉は、小百合が奉公先の女中頭や屋敷の主たちからさんざん浴びせられた言葉だった。これまで「お嬢さま」と蝶よ花よと可愛がられ、箸より重たいものなど持ったこともない小百合が、下働きなど満足にできるはずもなく。
その上食べるものも満足に与えられず、昼夜問わず働かされ、罵られる毎日に心身ともに疲弊していった。
1年も絶たずして、体は痩せこけて今の面影など欠片もなく、小百合はみすぼらしく死んでいくのだ。
そのシーンを読んだとき、架空の物語だとわかっていても苦しんで死んでいく小百合に同情の念を感じたほどだった。それがこの先自分の身に降りかかるのだと考えた途端、おぞましい寒気に襲われて、震える体を抱きしめた。
「あんな死に方、絶対いや……」
なんとしても破滅ルートだけは回避しなくては。
「大丈夫。私が事件を起こして罰を受けるまで、まだ数か月あるわ」
そもそも、その事件を私が起こさなければ、奉公に出されることもないだろう。これ以上、ヒロインとヒーローに関わらなければ私はきっと平穏な日々を手に入れられるはず。
「これから先は、大人しく慎ましやかに過ごす。うん、そうしよう」
新たな決意を胸に、私は拳をぐっと握りしめていると、なにやら襖の向こうが騒がしくなり、扉がノックされた。
「――小百合さん、入りますよ」
母だった。
乱れた浴衣の襟元を整えてから承諾の返事をすると、扉が開き母が姿を現す。そしてその後ろに見えた人物に私はぎょっとする。驚きすぎて声にならない声が喉を鳴らした。
「小百合さん! 志藤さまがお見舞いにいらしてくださったのよ!」
嬉々として母は、志藤さま――『恋ロマ』のヒーロー・志藤亜蘭を部屋へと促したのだった。
ダークブラウンのスーツを着こなした長身のその人は、少し頭を下げて襖を潜るように入室すると、私に軽く頭を下げて母が用意した座布団に正座した。
その洗練された動作に見惚れていた私は、こちらを向いた亜蘭さまと目がばっちりかち合ってしまい、パッと顔を反らす。
――うぅっ……やっぱり、かっこいい……!
さすが完璧なるヒーロー。
公爵家の嫡男というこの上ない身分だけでなく、容姿端麗、頭脳明晰の豪華三本立てだ。
白磁のような、けれども健康的な白い肌に、きりりと男らしい二重の瞳は透けるような薄茶色で美しい。
いつもこの目を向けられる度に、私の胸はドキドキと騒がしくなる。
一目惚れだった。
大学で教授をしている父が、24歳で助手を務める彼を私と香代子の家庭教師として連れてきたのが私たちの出会い。
彼の端正な容姿に目を奪われ、そして会う回数を重ねれば重ねるほど温厚で物静かな人柄に惹かれていった。
なのに、彼の目はいつだって姉の香代子しか映していなくて、私のことは形式的にしか構ってくれないのが悲しくて……。少しでも私を見てほしい一心で、彼にまとわりついていたのだ。
それが、どれだけ彼を煩わせているかなど、前世を思い出すまでつゆとも気付かずに。
『大正華恋ロマンチカ ~次期公爵さまの運命の花嫁~』略して『恋ロマ』は、私の転生前の世界で空前の大ヒットを記録した大正時代を舞台に繰り広げられる和風恋愛小説だ。原作はシリーズ累計100万部を突破し、コミカライズに続きアニメ化もされ、さらには実写映画化も果たした大大大ヒット作だ。
侯爵家の愛妾の子で、幼少期から手ひどく虐げられてきた不遇なヒロインが、公爵家嫡男のヒーローと出会い愛され救われるシンデレラストーリー。
そのヒロインが、葛城侯爵家の庶子である香代子であり、香代子を虐げるも自爆して破滅ルートを辿る異母妹の小百合が――この私だ。
「そんなあぁ……」
決して信じたくないのに、それはもうまぎれもない事実だった。
倒れるとき、大量に流れ込んできたのは自分の知らない記憶だった。テレビや自動車など、私の知るそれとは姿形の違うものばかりで混乱し、処理しきれずに意識を失ったのだと思う。
そして、寝て起きてみれば、それらの記憶たちは整理され、驚くほどすんなりと私に馴染んで全く違和感のないものとなっていた。
知らない記憶は、私が小百合になる前の人生――転生前の記憶。
そう、私は現世でなんらかの理由で死んで、『大正華恋ロマンチカ ~次期公爵さまの運命の花嫁~』の世界に転生してしまったのだろう。なぜ死んだのか、その辺りの記憶は曖昧なのだけれど、過ぎたことはもはや大したことではない。
まさか自分が、転生するなんて……。
流行りの転生ものを読んでは、「もし自分が転生したら、第二の人生思いっきり楽しむなー」なんて気楽に考えていたけれど、いざ自分が経験してしまうとなんとも奇想天外な状況に戸惑うばかりだった。
「はぁ……どうせ転生するなら、香代子がよかった……」
愚痴ったところで現実は何も変わらない。だけど、わかっていても嘆かずにはいられない。
「だって、このままだと私、破滅ルートまっしぐらなのよ……」
整理された記憶の中には、今よりも先のストーリーの記憶もしっかりとあり、全身から血の気が引いていく。
小百合は母と一緒に香代子をいじめ、ヒーローとの恋路を邪魔したが、それでも二人の関係を壊せなかったため、とうとう香代子を殺そうと事件を起こす。
そして、その罪をヒーローに暴かれた小百合は、どこかの家で下女として奉公に出されるのだが、そこで奴隷同然の扱いを受けた末、病気にかかって死ぬ末路を辿る。
それはそれは悲惨な最後だったからよく覚えている。
――この鈍間!
その言葉は、小百合が奉公先の女中頭や屋敷の主たちからさんざん浴びせられた言葉だった。これまで「お嬢さま」と蝶よ花よと可愛がられ、箸より重たいものなど持ったこともない小百合が、下働きなど満足にできるはずもなく。
その上食べるものも満足に与えられず、昼夜問わず働かされ、罵られる毎日に心身ともに疲弊していった。
1年も絶たずして、体は痩せこけて今の面影など欠片もなく、小百合はみすぼらしく死んでいくのだ。
そのシーンを読んだとき、架空の物語だとわかっていても苦しんで死んでいく小百合に同情の念を感じたほどだった。それがこの先自分の身に降りかかるのだと考えた途端、おぞましい寒気に襲われて、震える体を抱きしめた。
「あんな死に方、絶対いや……」
なんとしても破滅ルートだけは回避しなくては。
「大丈夫。私が事件を起こして罰を受けるまで、まだ数か月あるわ」
そもそも、その事件を私が起こさなければ、奉公に出されることもないだろう。これ以上、ヒロインとヒーローに関わらなければ私はきっと平穏な日々を手に入れられるはず。
「これから先は、大人しく慎ましやかに過ごす。うん、そうしよう」
新たな決意を胸に、私は拳をぐっと握りしめていると、なにやら襖の向こうが騒がしくなり、扉がノックされた。
「――小百合さん、入りますよ」
母だった。
乱れた浴衣の襟元を整えてから承諾の返事をすると、扉が開き母が姿を現す。そしてその後ろに見えた人物に私はぎょっとする。驚きすぎて声にならない声が喉を鳴らした。
「小百合さん! 志藤さまがお見舞いにいらしてくださったのよ!」
嬉々として母は、志藤さま――『恋ロマ』のヒーロー・志藤亜蘭を部屋へと促したのだった。
ダークブラウンのスーツを着こなした長身のその人は、少し頭を下げて襖を潜るように入室すると、私に軽く頭を下げて母が用意した座布団に正座した。
その洗練された動作に見惚れていた私は、こちらを向いた亜蘭さまと目がばっちりかち合ってしまい、パッと顔を反らす。
――うぅっ……やっぱり、かっこいい……!
さすが完璧なるヒーロー。
公爵家の嫡男というこの上ない身分だけでなく、容姿端麗、頭脳明晰の豪華三本立てだ。
白磁のような、けれども健康的な白い肌に、きりりと男らしい二重の瞳は透けるような薄茶色で美しい。
いつもこの目を向けられる度に、私の胸はドキドキと騒がしくなる。
一目惚れだった。
大学で教授をしている父が、24歳で助手を務める彼を私と香代子の家庭教師として連れてきたのが私たちの出会い。
彼の端正な容姿に目を奪われ、そして会う回数を重ねれば重ねるほど温厚で物静かな人柄に惹かれていった。
なのに、彼の目はいつだって姉の香代子しか映していなくて、私のことは形式的にしか構ってくれないのが悲しくて……。少しでも私を見てほしい一心で、彼にまとわりついていたのだ。
それが、どれだけ彼を煩わせているかなど、前世を思い出すまでつゆとも気付かずに。