破滅ルートを辿る和風シンデレラストーリーの悪役令嬢(義妹)なのに、ヒーローから溺愛されている件について
ただ、ただ、幼かったのだ、小百合は。
我儘でこらえ性がなく、そして高慢で。
相手の気持ちを慮る思慮深さを、誰も教えてくれなかったし学ぼうともしなかった。
「お加減はいかがですか。倒れたと聞いて、驚きました」
母が出ていき、襖が閉まるのを待って、亜蘭さまが静かに言葉を放った。
そろりと顔をあげると、こちらをまっすぐに見る薄茶色の瞳と目が合い、ときが止まったかのように見入ってしまう。
すごい……。あの、『恋ロマ』のヒーロー亜蘭が、実在してる……!
信じられない現実に追いつかない心を落ち着かせるように、私はゆっくりと息を吸って吐く。
彼が見舞いに来たのは、恩師の娘が倒れたから義理を通して仕方なくのことであるのは自明の理。なのに、この場に香代子がいなくて、彼が私だけを見てくれているのが、たまらなく胸をときめかせた。
それと同時に、同じくらい……いや、それ以上の切なさが押し寄せてきた。
あぁ、そうか。
私は、この初恋に自ら終止符を打たないといけないのね……。
何も知らない小百合のまま突き進めば、私は初恋を散らすだけでなく無残な死を遂げてしまう。そうならないためには、大人しく身を引いて、香代子と彼が結ばれるのを祝福しなければならない。
けれど、私はもう物語の中の、幼い16歳の小百合じゃない。
前世をそれなりに生き、世間を知り、そしてこの世界の結末を知る小百合だから……。
大丈夫。生きていれば、いつかまた恋だってできるはず……。
「――、小百合さん……、やはりまだお加減がすぐれないのでは……」
亜蘭さまの息を呑む気配と、少し焦ったような声に意識を戻すも、彼の顔がぼやけてはっきり見えなかった。
ぽた、ぽた。
正座した膝の上で重ねていた手の甲に雫が落ちて跳ねてようやく自分が泣いていることに気付いた。
「あ……、やだ……」
濡れた頬を指で拭うも、つぎからつぎへと涙が零れてしまって意味をなさない。
「すみませ……、こんな、みっともない……」
こんな風に涙を見せたら、亜蘭さまを煩わせてしまう……。
これ以上、嫌われたくはないのに。
泣き顔を見られたくなくて、俯いて涙を拭っていると、視界の端に紺色のハンカチーフが差し出された。
「使ってください。擦ると腫れてしまいますよ」
「い、いえ……汚してしまいますので」
「差し上げますから、そのまま処分してくださって構いません」
そう言われても、と躊躇っている私の手に、亜蘭さまは半ば無理やりハンカチーフを握らせる。少し強引それに気おされて、私はありがたく肌ざわりのよいそれで目元を押さえた。
「ありがとうございます……」
「まだ万全ではみたいなので、私はこれで失礼します」
「あ、亜ら……、志藤さま、今日はお忙しい中、わざわざ私などの見舞いに来てくださってありがとうございました」
感謝を伝えると、彼はほんの少し目を瞠った後、立ち上がる。
「葛城教授もとても心配されていました。早く治して元気になってください」
一礼して部屋から出ていく彼の背中を見送り、襖が閉じられた後も耳を澄ましていたけれど、遠くで母の甲高い声が聞こえるだけで亜蘭さまの声を聞くことは叶わなかった。
我儘でこらえ性がなく、そして高慢で。
相手の気持ちを慮る思慮深さを、誰も教えてくれなかったし学ぼうともしなかった。
「お加減はいかがですか。倒れたと聞いて、驚きました」
母が出ていき、襖が閉まるのを待って、亜蘭さまが静かに言葉を放った。
そろりと顔をあげると、こちらをまっすぐに見る薄茶色の瞳と目が合い、ときが止まったかのように見入ってしまう。
すごい……。あの、『恋ロマ』のヒーロー亜蘭が、実在してる……!
信じられない現実に追いつかない心を落ち着かせるように、私はゆっくりと息を吸って吐く。
彼が見舞いに来たのは、恩師の娘が倒れたから義理を通して仕方なくのことであるのは自明の理。なのに、この場に香代子がいなくて、彼が私だけを見てくれているのが、たまらなく胸をときめかせた。
それと同時に、同じくらい……いや、それ以上の切なさが押し寄せてきた。
あぁ、そうか。
私は、この初恋に自ら終止符を打たないといけないのね……。
何も知らない小百合のまま突き進めば、私は初恋を散らすだけでなく無残な死を遂げてしまう。そうならないためには、大人しく身を引いて、香代子と彼が結ばれるのを祝福しなければならない。
けれど、私はもう物語の中の、幼い16歳の小百合じゃない。
前世をそれなりに生き、世間を知り、そしてこの世界の結末を知る小百合だから……。
大丈夫。生きていれば、いつかまた恋だってできるはず……。
「――、小百合さん……、やはりまだお加減がすぐれないのでは……」
亜蘭さまの息を呑む気配と、少し焦ったような声に意識を戻すも、彼の顔がぼやけてはっきり見えなかった。
ぽた、ぽた。
正座した膝の上で重ねていた手の甲に雫が落ちて跳ねてようやく自分が泣いていることに気付いた。
「あ……、やだ……」
濡れた頬を指で拭うも、つぎからつぎへと涙が零れてしまって意味をなさない。
「すみませ……、こんな、みっともない……」
こんな風に涙を見せたら、亜蘭さまを煩わせてしまう……。
これ以上、嫌われたくはないのに。
泣き顔を見られたくなくて、俯いて涙を拭っていると、視界の端に紺色のハンカチーフが差し出された。
「使ってください。擦ると腫れてしまいますよ」
「い、いえ……汚してしまいますので」
「差し上げますから、そのまま処分してくださって構いません」
そう言われても、と躊躇っている私の手に、亜蘭さまは半ば無理やりハンカチーフを握らせる。少し強引それに気おされて、私はありがたく肌ざわりのよいそれで目元を押さえた。
「ありがとうございます……」
「まだ万全ではみたいなので、私はこれで失礼します」
「あ、亜ら……、志藤さま、今日はお忙しい中、わざわざ私などの見舞いに来てくださってありがとうございました」
感謝を伝えると、彼はほんの少し目を瞠った後、立ち上がる。
「葛城教授もとても心配されていました。早く治して元気になってください」
一礼して部屋から出ていく彼の背中を見送り、襖が閉じられた後も耳を澄ましていたけれど、遠くで母の甲高い声が聞こえるだけで亜蘭さまの声を聞くことは叶わなかった。