蒼へ沈む
帰り道。
月明かりが優しく照らす静かな夜道を歩きながら、私は燈矢さんのことを思い出さずにいられなかった。
……彼とは、付き合っていた。高校生だった頃、恋人同士だった時期が、あった。
私にとって初めての恋人だった。
それでも、私が17歳の夏、彼の不幸な事故をきっかけに別れて以降、一度も話すことも会うこともなかった。
彼は、とっくの昔に、この汐鳴の町を出たと思い込んでいた。
あの夏の日。左脚を失って、もう二度と漁船に乗ることは出来ないと風の噂で聞いていたから。
友人とサーフィンをして遊んでいた時の、不幸な事故だった、と聞いている。鮫か何かの仕業だろう、と。
こんな、漁業だけで成り立っているような小さな閉鎖的な町に、海という一番大切な夢を絶たれた彼の居場所は、きっともうどこにもないだろうと勝手に推測していたのだ。
私は、もう二度と彼に会って言葉を交わすことも、別れを呑んだあの日のことを這いつくばって謝ることも、また昔のように他愛ないことで笑い合うことも。その全てが、一生出来ないのだと――そう、自分自身にかけた重たい呪いのように思い込んで生きてきた。
それなのに。
彼はこの町に残り、見慣れないアンティークのカフェで、静かに息を潜めるように生きていた。
『……にしても。本当に綺麗になったなぁ、夏菜』
ふいに、再会した夜にカウンター越しに向けられた、燈矢さんの懐かしむような、低く穏やかな声を思い出す。
自室のベッドに背中を預け、私は誰にも聞こえないような小さなため息を天井にこぼした。
……それを言うなら、燈矢さんだって。
15年ぶりに再会した彼は、私が記憶していたよりもずっと大人びた、そしてどこか諦念の混じった静かな表情をするようになっていた。
昔は、もっと無邪気に、太陽みたいに笑う少年だったと思う。海の底の『グランブルー』を夢見て、自分の丈夫な脚でどこへでも行けると信じて疑わなかった、あの眩しい笑顔。
今の彼は、観光客にも、私にも、ひどく綺麗で優しい大人の微笑みを向けていた。
けれどその奥には、決して触れさせない冷たい金属のような拒絶と、深い諦めが沈んでいるのが痛いほど分かってしまう。
暗い部屋の中、私は膝を抱え、彼が褒めてくれた自分の髪にそっと顔を埋めた。