蒼へ沈む



そんな私の頭上から、不意に、ふっと吹き出すような柔らかい笑い声が降ってきた。

「夏菜ちゃん、気、使いすぎ」

顔を上げると、潮風に髪を揺らした彼が、困ったような、けれどひどく優しい目をして私を見下ろしていた。

「俺は別に、そんなつもりで聞いたんじゃないよ。……なぁ、せっかく15年ぶりに、こうして久々に会えたんだ」

彼はズボンのポケットに手を入れたまま、少しだけ自嘲するように目を伏せる。

「そりゃ、俺だって……お互いに大人になっちまったし、全部が全部、昔みたいに戻れるなんて言うつもりはないけどさ」

その言葉の裏に、ズボンの布越しに見え隠れする彼の『左脚の喪失』という、決して昔には戻れない決定的な現実が透けて見えた。彼自身が、その残酷な事実を誰よりも冷静に受け入れているのだ。

「でも、少なくとも敬語はナシだろ」

再び私に視線を戻した彼は、18歳の頃と何も変わらない、あの悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

「あの頃みたいに、もっと楽に話してくれる方が、俺は嬉しいよ」

その声は、都会の病院で『立派な専門医』としての鎧を纏い、実家で『跡取り娘』としての鎖に縛られていた私の心を、いとも簡単に解きほぐしていく。
彼が求めているのは、肩書きでも、同情でも、過去への贖罪でもない。ただの、幼馴染の『夏菜』なのだと。

「……っ」

私は、目の奥にツンと込み上げてきた熱を誤魔化すように、わざとらしく小さく息を吐いた。

「……うん。わかった」

15年分の見えない壁が、潮風に溶けていくように崩れ落ちる。

「……燈矢」

久しぶりに敬語を外して、舌の上で転がしたその名前は。
不思議なほどしっくりと、私の中に温かく響いた。

「おっ、言えたじゃん。……ほら、行くぞ。灯台まであと少しだ」

満足そうに笑った彼が、再び不規則な、けれど力強い足音を響かせて坂道を登り始める。

私は急いでその背中を追いかけ、今度は彼の隣に、ごく自然に肩を並べて歩き出した。



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