蒼へ沈む

Interlude toya side.






彼女を実家の診療所まで送り届け、自分の店へと戻ってきた夜。

鍵を閉めるなり、俺は居住スペースの暗い部屋へなだれ込み、真っ先に机の上に乱雑に置かれていたシートから白い錠剤を何錠か手のひらに押し出した。

コップに水を注ぐ余裕すらなく、ペットボトルのぬるい水で一気にぐっと喉の奥へ流し込む。

珍しく一日中、失ったはずの左脚が激しく疼き、痛みがどうにも引かない日だった。

……いや、正確に言えば。
先日、あのカフェのカウンター越しに夏菜と思いがけず再会してしまったあの瞬間から、俺の脚の痛みも、薬を飲む頻度も、明らかに異常なペースで増している。
彼女の存在は自分にとって何者にも触れられたくない大切な記憶であると共に、無傷で思い出すことが出来ない最大級のトラウマだった。

薬を処方してくれた医者からは『中毒性のある強い薬だから、絶対に用法・用量は守れ』と口酸っぱく言われた気がするけれど、今の俺には知ったことかと思う。この狂いそうな痛みを散らせるなら、内臓がどうなろうが構わなかった。

ベッドの端に腰掛け、荒い息を吐き出す。
無いハズの脚が、焼け焦げるように痛む。

幻肢痛というらしいが、要は『頭の中に残っている左脚のボディイメージ』と、『実際に脚を失った現実の肉体』との間に生じた致命的な乖離が、脳のバグとなって生み出しているものらしい。

人間の身体の構造というのはひどく不思議だ、などと他人事のように思いつつ。この脳の錯覚を治す術が現代医学において存在せず、一生この激痛と付き合っていかなければならないというのは、正直なところ絶望でしかなかった。

「……っ、ぁ」

あまりの痛みに耐えかねて、俺は無意識のうちに、痛みを感じているはずの『左のふくらはぎ』を強く掴もうと手を伸ばす。

けれど、俺の掌に返ってくるのは、温かい血の通った肉体の感触ではなく。無機質で、ひどく冷たい金属の支柱の質感のみだった。

その絶対的な現実が、俺がもう二度と彼女の隣を『普通の男』として歩けない欠陥品なのだと、容赦なく突きつけてくる。


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