蒼へ沈む

2.2 toya side.




「新作。どう?」

カウンター越しにカラン、と涼しげな音を立てて。
須崎朱海(すざきあけみ)さんは、月に一度ほどこうやって店に商品を置いてもらえないかと営業にやってくる、地元のアーティストだ。

彼女が手のひらに乗せて見せてくれたのは、波に揉まれて丸くなった欠片を繋ぎ合わせた、シーグラスのアクセサリーだった。

窓からの柔らかな日の光を受けて、カウンターの木目の上に、透き通るような淡い水色の影を落としている。

「……いいと思いますよ」

俺が短くそう答えると、朱海さんは「やった」と小さくガッツポーズをして無邪気に笑った。

ゆらゆらと、シーグラスを通してできた水色の影が揺らめく。

その静かな揺らぎを見つめていると、不意に、あの灯台の上から見下ろした果てしないブルーと、そこで俺に向けて泣きそうなほど真っ直ぐに微笑んだ夏菜の顔がフラッシュバックした。

……いつもそうだ。

海と、海を想起させる何かを見ると、どうしようもない憧れと同時に、息が詰まるほど苦しくなる。
遠くの知らない国の透き通る青の海も、彼女と歩くはずだった未来も。それは俺にとって、このシーグラスの影のように綺麗で、けれど触れようとすればすり抜けていく、きっと二度と手に入らないものだからだ。

「ねぇ燈矢くん、もしかして彼女でもできた?」

不意に投げかけられた言葉に、俺はビクッと肩を揺らし、グラスを磨いていた手を止めた。

「……え?」

「なんか、心ここにあらずって感じ。恋でもしてるのかなーって」

朱海さんが、面白がるように、けれどどこか核心を突くような鋭い瞳で俺の顔を覗き込んでくる。
図星を突かれた動揺を悟られないように、俺はわざとらしく視線を逸らし、ふっと自嘲するような息を吐き出した。

「……そんなこと、ないです」

無意識のうちに、カウンターの下に隠れた左脚の、冷たい金属の支柱にそっと触れる。

「……俺、前にも言ってますけど。こんな身体ですし、今更結婚したいとか、誰かと一緒になりたいとか……そういうのは、全くないですから」

それは自分自身に言い聞かせるための、呪いのような防衛線だった。俺は一人で生きていく。彼女の鎖には絶対にならない。そう頑なに心を閉ざす俺を見て、朱海さんは小さくため息をつき、シーグラスを指先で転がしながらふんわりと微笑んだ。

「分かってないなぁ、燈矢くん。そういうのって、自分で決めるものじゃないのよ」

「……え?」

「気付いたら、もう『落ちてる』ものよ。……どんなに抗ってもね」

その言葉が、鋭いナイフのように俺の胸の奥の一番柔らかい場所を深く抉った。
気付いたら、落ちている。

頭では「突き放さなければ」と分かっているのに、彼女が泣きそうな顔をするたびに、どうしようもなく手が伸びてしまう。

あぁ、そうだ。俺はもうとっくに、15年前からずっと、夏菜という底なしの海に落ちて溺れたままだった。

「……はは」

俺は何も言い返すことができず、ひどく乾いた、空っぽの笑い声をこぼすことしかできなかった。
カウンターの上では、かつて鋭いガラスの破片だったシーグラスが、波に削られた丸くて優しい形をして、静かに陽の光を透過していた。



< 20 / 57 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop