蒼へ沈む

Interlude. Side Toya




夜の冷たい空気が、並んで歩く二人の間を静かにすり抜けていく。

名残惜しさを隠すように言葉少なに彼女を歩かせ、実家である立派な門構えの診療所まで送り届けた、その時だった。

「じゃあ、ここで――」

俺が別れの言葉を口にしようとした瞬間。
丁度、重厚な玄関の扉がガチャリと開き、中から見覚えのある初老の男性が姿を現した。

「……お父さん」

隣に立つ夏菜が、微かに息を呑む気配がした。
彼女の細い肩が強張り、明らかな気まずさと動揺を抱え込んだのが、肌越しに痛いほど伝わってくる。

無理もない。夜遅くに、親が最も会わせたくないであろう男に送られて帰ってきたのだから。

俺は一歩だけ前に出ると、かつて何度か顔を合わせたことのある厳格な父親に向かって、深く頭を下げた。

「……瀬尾先生。お世話になってます。桐野です」

努めて落ち着いた、大人の男としての声で挨拶をした。
しかし、顔を上げた俺に向けられた瀬尾先生の顔には、明らかな戸惑いと、隠しきれない警戒の色がはっきりと浮かんでいた。

――……そりゃそうか。

俺は内心で、自分自身を切り刻むように冷たく自嘲した。

15年前の、あの金髪で無軌道だったガキの頃からは落ち着いたとはいえ。今の俺の頭はまだ明るい茶髪で、耳にはピアスが開いたままだ。おまけに、ズボンの下には無骨な義足を引きずり、まともな企業で働くこともなく、この過疎の町で小さなカフェを細々とやっているだけの男。

どう考えても、誰が見ても。

俺は、世間一般の『まともな成人男性』の枠には到底収まらない。立派な医者になった彼女の隣を、堂々と胸を張って歩いていい人間なんかじゃないのだ。


瀬尾先生のその戸惑いの視線は、俺が必死に見ないふりをしてきた『社会からの真っ当な評価』そのものだった。

「……夜分遅くに、申し訳ありません。送ってきただけですので、俺はこれで失礼します」

これ以上、夏菜を父親の前で気まずい思いにさせるわけにはいかない。

俺はもう一度短く頭を下げると、彼女の方を一切振り返ることなく、逃げるようにその場から踵を返した。

遠くで鳴る雷鳴とともに、雨が、降り始めていた。


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