蒼へ沈む






雨は嫌いだ。

昔は海と空を繋ぐ恵みだと思っていたが、今の俺にとっては、ただひたすらに疎ましいものでしかない。

傘も持たずに、濡れたアスファルトの坂道を一歩、また一歩と慎重に登る。

……左足の裏に、地面を捉える感覚はない。

ただでさえ滑りやすい雨の日は、まるで薄い氷の上を綱渡りで歩いているような気分になる。いつグリップを失って惨めに転げ落ちるか分からない恐怖が、一歩踏み出すごとにソケットを通して伝わってくる。

「……っ」

不意に左脚がズルリと滑り、咄嗟に右脚で強く踏ん張って体勢を立て直す。

じんわりと嫌な汗が滲むのを感じながら、俺は皮肉なものだ、と冷たい雨空に向かって自嘲気味に息を吐いた。

歳を重ねるたびに。自分の身体の不自由さを思い知らされるたびに、あんなに好きで焦がれたはずのこの汐鳴の町が、ひどく疎ましく感じることが増えていく。

もう二度と、自分の丈夫な脚で漕ぎ出すことも潜ることも叶わない海。

健常だった頃は気にも留めなかった、義足の体力を容赦なく削り取る、この無駄に坂道の多い道。

それから――どんなに手を伸ばしても、決して自分のものにはならない女。

……かつては、純粋に好きだったのだ。
潮風の吹くこの町も、底知れないグランブルーの海も。そして、あの不器用で真っ直ぐな医者の娘のことも。

けれど、全てのものが、今となってはその『心から好きだった』という事実ごと、俺の喉元をギリギリと締め上げ、息ができないほどに苦しめる。

最初から憎んでいれば、初めからどうでもいい他人であれば、こんなに胸が痛むことなどなかったのに。

鉛のように重くなった左脚を引きずりながら、俺はただ下を向いて、自分の店という名の小さな檻へと続く坂道を登り続けた。


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