蒼へ沈む
重たすぎる現実に押し潰され、何も言い返せずに唇を噛み締めていると。
俯く私を見つめる彼から、ふっと、先ほどまでの強張りが抜け落ちたのが分かった。
「……夏菜はさ」
ぽつりと、諭すような、ひどく穏やかな声が降ってくる。
「聞いたよ。見合いの話とか、沢山来てるんだろう」
「……っ、それは」
「俺との関係は、もう15年前のあの日に終わってるんだよ」
彼が、私の言葉を静かに、けれど決定的な力を持って遮った。
その瞳は、私が心の奥底の、さらに一番深い暗闇に隠していた『醜い傷跡』を、すべて見透かしているように澄み切っていた。
「……俺は、お前を恨んだりしてない」
ドクン、と。心臓が大きく跳ねた。
「あの時、お前が俺から離れようとしてたことも分かってた。でも、俺はそれで良かったんだって、本気で思ってる」
息が止まるかと思った。
彼は、知っていたのだ。15年前の夏、私が親の反対に怯えて彼から逃げようとしていたことも。そして、その直後に起きた事故のせいで、私が一生消えない十字架を背負ってしまったことも。
全部知っていて、彼は今日まで、私にただの一度も恨み言を言わなかったのだ。
「だから……」
彼はカウンター越しに手を伸ばし、私の頭に、ポンと不器用な掌を乗せた。
それは、迷子の子供をあやすような、どこまでも優しく、そしてもう二度と触れ合うことのない他人に向けるような、絶対的な『別れ』の温度だった。
「くだらない罪悪感に囚われて、自分から幸せを遠ざけるなよ」
その一言が、私の心にかけられていた呪いの鎖を、粉々に砕き割った。
彼は、私を赦してくれたのだ。
ずっと私を縛り付けていた罪悪感を『くだらない』と切り捨てて、私を自由にしてくれた。私のために、彼自身の感情をすべて殺して。
「……っ、あ……」
声にならない嗚咽が喉の奥から込み上げ、私の目からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
悲しいからじゃない。彼が私に向けてくれた愛情が、あまりにも深くて、大きくて、到底私なんかには敵わないほど無償のものだったと、最後の最後に思い知らされてしまったからだった。